第五章 憂心と現実 (8)
「お前も頑固だな」
リョショウが吹き出した。どこか優しい目で白い歯を覗かせる笑顔は、あの時と同じようにあどけなく感じられる。
突然笑い出すリョショウにつられ、リキも肩の力が抜けて自然と笑みが零れる。
「いいだろう、約束しよう。何があったか教えてくれ」
リキは頷き、ゆっくりと息を整えた。
「都督府に兵が召集されてるの。東都殿とあなたの捜索のために」
顔を強張らせ、リョショウは口を固く結んだ。その目がみるみる鋭さを増していく。
その顔色を窺いながら、リキは慎重に言葉を選ぶ。
「彼はあなたたちの安否を確認していないから疑って……莱山で捜索を始めると言い出して、今朝兵を召集をしたようなの」
リキは口を噤んだ。黙って耳を傾けていたリョショウは、
「面白い、捜してもらおう」
と、笑みを浮かべる。冷ややかな目は翳した剣の刃先を睨み、あたかもカンエイを見据えているようだ。
「何を言ってるの? 見つかったらどうなるか、わかってるでしょ」
リョショウが今にも部屋を飛び出してしまいそうで、リキは咄嗟に宥める。
しかし目を逸らしたリョショウはリキではなく、カーテン越しに窓の外を見据えた。
いつしか窓の外の慌ただしい音は消えていた。都督府に兵が集結しきったのだろうか。
「何故、隠れる必要がある?」
沈黙を破り、リョショウは呟いた。
「何故って、傷は完治していないのよ? それで何が出来るの?」
「じゃあ何故、俺に剣を返した? アイツを討つためじゃないのか」
声を荒立てるリキに対して、リョショウは穏やかな口調で問い掛ける。
「違う、あなた自身を守るためよ。それに私は、危険を冒してまで討ってほしいとは思わない」
リキは大きく首を振った。
何と言えばリョショウに伝わるのだろうと、頭の中で様々な言葉が溢れては消える。口に出した言葉が、余計に彼を逆撫でているように思えて。
「俺にアイツは討てないというのか、お前は、俺には無理だと言ってるのか?」
「そうじゃない、今はまだ無理だって言ってるの。出来ないなんて言ってない」
リキは目を潤ませ、唇を噛んだ。
「出来ないじゃない、やるんだ。たとえ相討ちになろうとも本望だ」
リョショウは苦笑した。
穏やかな声だったが、リキには彼の強く固い決意がはっきり感じ取れた。