第五章 憂心と現実 (7)
「傷の具合はどう?」
リキが問うと、リョショウは顔を背けて苛立ちを露わにする。
最近リョショウは、傷のことを問われるのを嫌った。順調に回復しているが、右腕に受けた一番深い傷が未だに完治せず痛むようだ。
「それは何だ?」
リキの手にした物に気づき、リョショウは顔を上げた。
リキの腕に抱かれた細長い布地。布地は明らかに何かを覆ったような形状をして、不自然さが目を引いた。
「言わなくても分かるでしょう」
リキがそれをテーブルの上に置くと、リョショウは読みかけの本を閉じて手を伸ばした。
迷いも無く解かれた布はリョショウのために用意した着替えの服で、中に包まれていたのは彼の剣だった。リョショウは剣を抜いて掲げ、愛おしそうに目を輝かせる。
しかしリキは見逃さなかった。剣を握った手は、リョショウの利き腕ではない。
静かな部屋に、屋敷の外の慌ただしい物音が微かに届いてくる。
既にリョショウの耳にもこの音は届き、異変に気づいているのだろう。隠し通すことは出来ないとリキが思うと同時に、
「外が騒がしいようだが、何かあったのか?」
と、リョショウが口を開いた。
リキはすぐに答えることが出来ず、閉め切られた窓のカーテンへと目を逸らした。
もしカンエイが捜していると知ったら、リョショウはどうするだろう。激高して部屋を飛び出し、今すぐカンエイの元へ行ってしまうかもしれない。
リキは大きく息を吸い込んだ。
「絶対にこの部屋から出ないと、もう一度約束してくれる?」
リキの言葉を聞いた途端、リョショウは怪訝な顔をした。
「何だ、それはどういうことだ」
不愉快だと言わんばかりの口調。予想した通りの答えだ。
「何処にも行かないと、この部屋を絶対に出ないと約束して」
「約束だと? 馬鹿馬鹿しい」
最後まで聞かないうちに、リョショウは声を荒立てる。
「何があったと聞いているんだから答えればいい、約束などとっくにしたはずだ」
「いいから、約束して!」
リキは強く言い放った。リョショウは冷ややかな目つきで睨みつける。
ソシュクが居ないため、部屋には二人を抑えられる者は誰も居ない。
二人は沈黙のまま、真っ直ぐ睨み合った。部屋の中が険悪な空気で満たされ、静寂が屋敷の外の慌ただしい音をさらに響かせ緊張感を増していく。