第一章 温かな風 (4)
やがて北都の都督府には、東都から武器等の物資が運ばれ始めた。来るべき戦に向け、北都全体が次第に物々しい雰囲気に包まれていく。北都の人々の不安は高まり、都督府に集められた兵士たちの中にも不穏な空気が満ちていた。
穏やかな日差しの下、武装した兵士たちの甲冑の触れ合う音が冷ややかに響いている。
カクヒは整列した兵士たちの間を縫って前に出ると、彼らを見渡した。
「いよいよ明日、東都の都督殿が援軍を従えて来られる」
と言って、カクヒは言葉を詰まらせた。
彼の見開いた視線の先でざわめきが起こる。どよめく兵士たちの間を掻き分けながら進む若い女性の姿。長い黒髪を結い上げて簡素な鎧を纏い、堅く結んだ口元と真っ直ぐに前を見据える彼女は、紛れもなくリキだった。
彼女は数人の女性を従えて前に進み出ると、カクヒに向かって一礼した。
「北都の一大事に女だからと黙ってはいられません。私たちも共に戦います」
リキは凛として言った。
後ろに続く女性たちも大きく頷く。
その場が一斉に静まり返り、兵士たちの視線が彼女に注がれる。不安に満ちていた彼らの表情は僅かに明るさを取り戻し、一見すると安堵しているようにも思えた。
「リキ様……こんなところへ来ては危険です」
カクヒの傍から一人の武将が進み出た。リキは遮る彼の手を払い除け、
「私たちにも出来ることがあるはずです」
と、きっぱりと言い切った。その目には意志の強さが表れている。
「リキ、お前の気持ちは本当に有難い。しかし今は屋敷に戻りなさい」
カクヒは大きな溜め息を吐いて目を逸らした。
彼の後ろから若い男性が飛び出し、リキの前に立ちはだかる。
「リキ、出て行け。ここはお前の来るところではない」
と険しい表情で言い放った彼は、リキの六歳年上の兄シュウイだ。北都軍の中枢で父を補佐している。
「兄さん、私たちも力になりたいのです」
「何を馬鹿なことを! 女に何が出来るのだ、早々に屋敷に戻れ!」
シュウイが血相を変えて一喝すると、リキの後ろに続く女性たちは怯えて一瞬にして顔を伏せた。
そして反論しようとリキが一歩踏み出そうとした時、
「ソシュク殿、申し訳ないが後は頼みます」
とシュウイは二人に歩み寄るソシュクに告げて、背を向けた。
穏やかに頷くソシュクを見上げ、リキは唇を噛んだ。