第五章 憂心と現実 (5)
翌朝、都督府には武装した兵たちが慌ただしく駆け付けていた。
カンエイにより突然、召集の命令が発せられたのだ。その慌ただしさは都督府にほど近いソシュクの屋敷にまで伝わり、リキを驚かせた。前日まで召集などの情報は全く入っておらず、ソシュクからも何も聞いていなかったからだ。
真相を確かめるべく、リキはソシュクの部屋へと急いだ。
本当はすぐにリョショウの部屋へ行きたかった。不安ばかりが脳裏を過り、胸が苦しい。この騒ぎに気付いたリョショウが、部屋から出てしまわないだろうか。まさかリョショウが見つかったのではないかと、込み上げる不安を懸命に抑えながら。
急ぎ足で廊下の角を曲がったリキは、何かに激しくぶつかりよろめいた。
倒れそうになる腕をしっかりと掴んで支える大きな手。その感触と温もりから、リキは相手がハクランだとすぐ分かった。
「何を急いでるんだ? お前も一緒に来るのか?」
おでこを押さえながら顔を上げると、鎧を纏ったハクランが目を丸くしている。ちょうど鎧の肩の部分にぶつけたのだろう。
「ハクランこそ、何の騒ぎ? 何があったの?」
「ああ、緊急召集だって。詳しくは聞いてないが、武装して来いって何考えてるんだろ」
ハクランはふて腐れた顔をした。
武装しての緊急召集という言葉に不安が増し、リキの胸がざわめく。
「まさか、また戦じゃないよね?」
「何だろうな……」
と答え、ハクランは何かを閃いたように口元に笑みを浮かべた。急に表情に鋭さを帯びて、ゆっくりとリキに顔を近づける。
そして僅かに怯んだリキの耳元で、
「アイツを追い出す戦になるかもな」
と、囁いた。
その穏やかな声は力強く、リキの胸の奥深くに染み込んでいく。とても冗談とは思えない口調に、リキは返す言葉を失い呆然とする。
「大丈夫、お前は何にも心配することない。俺が必ず守ってやるから」
ハクランは精一杯微笑むと、素早くリキを抱き締めた。
リキの胸が疼き、脚が震え出す。どんなに力強く抱き締められても、以前のような安心感を得ることが出来ない。
「ハクラン……」
リキの声に、ハクランは腕を解いた。
ハクランは俯いたまま、リキの視線を避けるように背を向けて足早に去って行く。
その背をリキは引き留めることが出来ず、ただ見送るしかなかった。