第五章 憂心と現実 (3)
険しい形相でリキを睨みつけていたシュウイが、ふと何かに気付いたように振り返る。
視線を追うと、廊下の向こう側からソシュクとハクランがこちらへ向かってくる。リキは、頬に当てていた手を降ろした。
「シュウイ殿、いかがなされました?」
とソシュクが尋ねる。その隣りでリキを見つけたハクランが、はっとした顔をした。
「いや、何でもありません。私は都督府へ戻ります」
シュウイはリキに対してとはまるで違う、穏やかな口調で返して一礼した。顔を上げたシュウイはハクランと目が合うと、
「ハクラン、若い兵の態度が乱れているとの指摘があった。十分気をつけるように」
と語気を強める。
「了解しました」
ハクランが深々と頭を下げる。
それを見届け、シュウイは颯爽とを去っていった。去り際にきっとリキを見据えて。
リキはふいと目を逸らした。
「何があったんだ?」
シュウイの姿が見えなくなるとすぐに、ハクランは頬を指差した。
「怒られた」
「また何かやったのか?」
ぽつり答えるリキの顔を覗き込んで、ハクランは目を丸くする。ソシュクも心配そうにリキを見つめている。恥ずかしくなったリキは顔を背けて、
「何にもしてないから怒られたの!」
と、口を尖らせる。ソシュクは宥めるように微笑んだ。
「生真面目な人だからな、皆のことを考えてのことだ。もちろんリキのことも」
「そうかしら、兄さんはただの頑固よ」
リキは、シュウイの去って行った方向へ目を向けた。彼は再び都督府へと戻るのだろう。カンエイに服従の意思を見せるためなのか、それが彼の真意なのかは分からない。
「ねぇ、ソシュクとハクランは私と同じ気持ちだと思っててもいいのよね?」
と言って、リキは二人を見つめた。ソシュクとハクランは顔を見合わせると笑みを浮かべて、
「当たり前だろ、俺にはそれ以外考えられないよ」
「もちろん、同じだ」
はっきりと答える二人に、リキは大きく頷き微笑んだ。
兄の言うことも理解出来る。北都の人々にとっては誰が都督になろうが、生活さえ守られれば問題はない。燕国との戦の不安に比べれば北都の都督が変わったことなど、人々には何の支障もないのだろう。
シュウイの真意に不安を抱きながらも、きっと自分と同じ気持ちであるはずとリキは自分に言い聞かせた。