第五章 憂心と現実 (2)
きっと父も同じ気持ちのはずだ。
リキは僅かな希望を感じていたが、同時に不安でもあった。
皆の胸に秘めた共通の思いを一つに纏め、カンエイを倒し北都を取り戻すための大きな力へと変えることが出来るのだろうか。そのためには、決して早まってはいけない。あくまでも慎重に、時が熟すのを見極める必要がある。
その時が来るまで、リョショウの存在を隠し通すことが出来るのか。
「リキ」
鋭い語気で呼び止められ、リキは背筋が凍りつく感覚に足を止めた。
振り返ると、兄シュウイが立っている。その険しい顔から機嫌が悪いのだと、すぐに察することが出来た。
「兄さん、今日は早く帰られたのですね」
平静を装い、リキは軽く会釈する。
母の部屋を出て、ちょうどリョショウの部屋へ向かうところだったのだ。しかしリョショウの部屋へと通じる稽古場の廊下だったため、怪しまれることはなかった。稽古場ならリキの姿があっても、何ら不自然なことはない。
「カンエイ殿が、最近お前の姿を見ないと言っておられた。どうして挨拶に来ないんだ」
シュウイは眉間にしわを寄せ、厳しい顔つきで言い放つ。いかにもリキが悪いと言わんばかりに。
兄の不機嫌の原因が分かったが、リキは疑問を感じずにはいられなかった。咄嗟に足を踏ん張り、シュウイを睨むと、
「用が無いから行かないのです。どうして挨拶など行かねばならないのです?」
と強く言い返す。
すると、シュウイの表情が一瞬にして変わった。
「口を慎め! 毎日我らと共に来て、カンエイ殿に挨拶すればいいと言ってるんだ」
リキを頭から抑えつける激しい口調。険しい目つきで見据えられても、リキは負けずに反論する。
「どうして挨拶など? 北都を略奪したのよ? 燕と謀って東都殿を討った逆賊よ? どうしてそんな男に……」
「いい加減にしろっ!」
シュウイの怒声と共に、リキの頬を激しい痛みが襲った。頬がじんと熱く脈打ち、耳鳴りが木霊のように響いている。
「形はどうであれ、今この北都を治めているのは、父ではなくカンエイ殿だ。北都にとっては誰が治めようと関係ない。我らの勤めは早く平穏な生活を取り戻してやることだ」
兄はカンエイに従うつもりだ。対抗するつもりなどないと、リキははっきりと感じ取っていた。