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第五章 憂心と現実 (1)

 空の色は変わらぬ澄んだ蒼で彩られ、頬に触れる風は柔かい。それは常に誰に対しても平等に、温かな優しさと癒しを与えてくれている。


「綺麗な緑ね」


 母の声に、リキは遥か山並みへと目を向けた。

 燕との国境の莱山(らいざん)は深い緑色に染まり、静かに佇んでいる。

 庭の木々も枝葉を茂らせ、着飾った緑も一際鮮やかさを増していく。日ごとに力強さを増す日差しを見事に受けとめて。


「何も変わっていないのに」


 リキは零した。

 目に映る景色は、何一つ変わってはいない。北伐を経てカンエイの造反により占拠されても、穏やかな日常がここにはあった。まるで何事もなかったかのように。


「何も変わらなくても、皆が平穏な生活を送ることが出来たら……それ以上のことはないでしょう」


 母の柔らかな口調が、胸に染みていく。リキの気持ちを十分察した上でやんわりと窘める。


「それは分かってるけど、私には今がいい状態だとは思えないわ」


 リキは不服そうな顔で振り返った。母の言いたいことは、リキにも理解出来る。


 当初不安視されていた燕との戦は、大したことなく終わった。それはカンエイの造反が起こったためだ。

 実際に危害を被ったのは東都の援軍と東都都督らだけで、カンエイは北都軍や北都の人々には危害を加えるようなことはしていない。

 リキの父が北都都督の座を追われても、北都の人々にとっては今までと何ら変わりなく不自由もしていない。北都を乗っ取ったとはいえ新たに都督の座に就いたカンエイを、人々はごく自然に受け入れることが出来ているように見える。


「父様の決断は皆のことを思ってのことだと、あなたにも分かるでしょう。都督として最善と思える決断をしたの、個人的な感情で決断すべきではないのよ」


 母の凛とした厳しい口調が、リキを圧倒する。

 その言葉に反論する余地はなく、父の決断が間違っていたとは思えない。ただ本当に他に方法はなかったのだろうかという疑問が、胸の奥で渦巻いて行き場を失くしている。


「蔡王への知らせは……援軍が来なかったらどうするの? ずっとこのままでいいの?」


 リキが返すと、母の瞳の奥に僅かな愁いが覗いた。

 母にとっても本意ではないのだろう。北都全体のことを考えると、他に選択肢はないのだ。それぞれが秘めた思いを懸命に堪えているのだと、リキは感じた。




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