第一章 温かな風 (3)
いつ燕が攻め込んできてもおかしくない状況に、北都の人々は不安な日々を送っていた。そのため一刻も早く、東都からの援軍を求める声も少なからず上がっていた。
「父さんは何て言ってるの?」
「カクヒは出来るだけ戦は避けたいと訴えたが……やはり今回は東都殿に全面的に任せるしかないようだ。残念ながら」
リキの問いに、ソシュクは小さく息を吐いた。
カクヒとはリキの父で、北都の都督だ。
「父さんは東都殿の言いなりね、西都には姉さんが居るんだし……もう少し西都の言い分にも耳を傾けるべきだと思うわ」
と、リキは口を尖らせる。
燕に対して武力での対抗を主張する東都に対し、西都は武力ではなく話し合いによる和解案を主張して対立していた。蔡も燕も国力は変わらないが、武力で衝突すればお互いに損害は大きいものとなる。戦を避けるべく、西都は和平案を模索していたのだ。
しかし北都に東都の援軍が派遣されるということは、西都の主張が敗れたということだ。
西都にはリキより四歳年上の姉サイシが、昨年二十一歳で西都の高官の家に嫁いでいる。姉がいる西都よりも力のある東都に与する父が、リキには腹立たしく思えた。
「カクヒも難しい立場なんだよ」
と、ソシュクはリキを宥める。
「どちらにしろ、戦になったら当然俺も行かなきゃいけないんだろうなぁ……成人してるし」
二人の会話を黙って聞いていたハクランが呟いた。
ハクランの家は代々北都の武将を務めてきた家柄で、ソシュクはリキの父カクヒとは幼馴染で親友だ。そのため、リキは幼い頃から兄と姉と共にソシュクの元で武術を学んできた。
「大丈夫、戦といっても実際に衝突するつもりはないと東都殿も仰っている。大したことにはならないよう穏便に事が運ぶようにとお考えだ」
ソシュクが微笑むと、リキは両手を広げて空を仰いだ。
「私も男だったらなぁ、もっともっと強くなって北都を守るために戦えるのに」
「おいおい、男でも成人してないから無理だろ」
と、ハクランは笑った。
ソシュクは二人の様子を微笑ましく見つめていた。