第四章 秘密を抱いて(1)
ソシュクは男を屋敷の一番奥の、人気のない部屋へと運んだ。
手際よく窓とカーテンを固く閉め切ると、声を殺した。
「このことは誰にも言うな」
リキを真っ直ぐ見つめる表情から、この男に関わるという事の重大さが十分過ぎるほど理解出来る。
リキは口を固く結び、大きく頷いた。
もしも、この男がここに居ることを誰かに知られたらどうなるのだろう。
カンエイに知られたなら、この男はカンエイの手によって確実に消されることになるだろう。
そうなれば匿った自分たちだけでなく、自分たちの周りにも危害が及ぶのは間違いない。
何があっても隠し通さなければならない。
小さな灯りの元で、ソシュクは男の傷の手当てを始めた。
死んだように眠る男の体には、いくつもの傷があり痛々しい。これらの傷は北伐ではなく、カンエイの造反によるものであることは明らかだった。
「大丈夫だ。たいしたことはない」
ソシュクの背中見守るリキは、込み上げる不安に耐えていた。
これからどうすればいいのか。考えるほどに事態は悪い方向へと向かうばかりで、尋ねたいことが次々と浮かんでは消えていく。
「心配するな、今は彼の回復を待とう。それから考えればいい」
手当てを終えると、ソシュクは微笑んだ。リキを気遣うように優しく穏やかに。
リキは眠る男を見つめ、思い出していた。
北伐前の東都軍歓迎の宴でカンエイに襲われた時、手を差し伸べて微笑んだ男のことを。
初めて言葉を交わした時に見せた飾らない無邪気な笑顔。
恐怖と嫌悪感を拭い去ってくれた彼の姿は、リキの記憶の中に鮮やかに蘇る。
いつのまにか歳の近いハクランの姿を重ねていた。
ハクランの方が僅かに背が高く体格も大きい。しかしハクランに比べると、芯が強そうなはっきりとした顔立ちをしている。
今度は自分が助けなければならないと、リキは固く誓った。
男が目覚め、傷が癒えるまでは何としても守り通すと。
口には出さなかったが、目の前で眠る男は東都都督の息子リョショウに間違いなかった。