第三章 北伐 (8)
二人は月の光に揺らめく水面に沿って、川を遡りながら歩き始めた。
民家はなく、田園の広がる景色の中をゆったりと肩を並べて。
黙っていたが、リキは感じていた。ソシュクは自分と同じ気持ちであると。
いつか必ずカンエイから北都を取り返したいという気持ちは自分だけではなく、北都の皆が同じだとリキは信じていた。
ふと河原に目を向けると、小さな白い花の群れが風に揺られている。
「きれい……この花、何て名前なんだろう」
「さぁ、何だろうなぁ」
リキは迷わず河原に降りていく。
見渡した河原には、低い草木の合間に花の群生があちこちで風にそよいでいる。
煌めく川面に手を伸ばし、流れに触れるとひんやりとした感覚が心地よい。
「気持ちいい、ソシュクも触ってみてよ」
リキは両手で水を掬い上げて放った。手から放たれた滴が、月明かりを浴びながら舞い散るように消えていく。
明るさを取り戻したリキは、無邪気に笑みを溢した。
空に舞い消えていく滴を追い、生い茂る木立の隙間へと目を向けたリキが手を止めた。
「リキ、どうした?」
「ねぇ、あそこ……何か見えない?」
リキは上流の木立の足元の茂みを指差した。
ともすれば重なり合う枝葉の深い影のようにも見えるが、確かな違和感を覚える。
それは枝葉ではなく、人の体の一部だ。
誰かが倒れている。
確信した二人は、同時に駆け出していた。
近づくに連れて、二人の確信が現実に変わっていく。
茂みから覗いたそれは、人の脚に間違いない。
二人は枝葉を掻き分けた。
そこにはうつ伏せに倒れている男。甲冑を纏った体中に傷を負った男は全く動かない。
「誰? 息は?」
ソシュクはリキを制止して、屈み込んで手を翳した。
「大丈夫、屋敷へ運ぶぞ」
ソシュクは振り返り、男を軽々と抱き上げた。
こんな格好で倒れているということは、北伐に関わる人物に違いない。
ソシュクの腕から僅かに覗く男の顔に、リキは確かに見覚えがあった。