第三章 北伐 (5)
北都の街は、カンエイに占拠される前と特に変わった様子はない。城門と都督府周辺ではカンエイ配下の兵が警護に当たっていたが、街中に姿はあまり見られない。
一見すると街は普段と変わりはないのだ。
カンエイに占拠された事実を既に受け入れているのか、精一杯普段どおりの生活を装っているのか真意は定かではないが、カンエイはカクヒとの約束通り、北都の人々の生活を脅かすことは行っていないようだった。
「みんな、カンエイを受け入れてるみたいね。抵抗はないのかなぁ?」
と、リキはソシュクを見上げた。
ソシュクは街の様子を見に行くというリキに同行している。
「抵抗しなければ安全は保障されていると、皆分かっているのだろう」
答えながらもソシュクは、落ち着いた様子で辺りを窺う。
稀に街に見られる兵は軽装で、街の人々と時折会話を交わす余裕さえ見られる。
「みんな賢明ね。乗っ取られたというのに平気でいられるなんて」
リキは口を尖らせた。この状況を受け入れられないのは自分だけではないかと、苛立ちすら感じて。
「カクヒの決めた方針だからなぁ、今は信じるしかない」
ソシュクの宥める言葉も気にせず、リキは足を速めて通りを進み始めた。肩で切る風に襟元の後れ髪をひらひらと煽られながら。
慌ててソシュクは後を追う。
「リキ、ちょっと待て」
リキが足を止め、ふて腐れた顔で振り向くと、
「俺もな、お前と同じ気持ちだよ」
ソシュクは優しく微笑んだ。
その頃、北都都督府ではカクヒとシュウイ、武将らがカンエイに呼び出されていた。跪いて頭を垂れるカクヒらを見据えて、カンエイは満足げに目を細めた。
「我らは北都都督であるカンエイ殿に忠誠を誓います」
カクヒはカンエイの前に跪き、手を組んで深々と頭を下げた。
北都の中には、東都や西都へ逃亡する者もいた。
しかし途中で拘束されて連れ戻された者もいる。
無事に逃れた者がいるにも関わらず、東都からの援軍の知らせはない。東都の蔡王の耳にも、カンエイの造反は届いているはずだというのに。
北伐での事態の急変を知らせ、東都へ援軍の要請へ向かった北都の兵も未だ戻らない。彼らは無事に東都へ到着することが出来たのだろうか。
北都の士官たちの不安は募り、次第に東都に対する不信感に変わりつつあった。