第三章 北伐 (4)
それから間もなく都督府へ帰ってきた北都の軍勢は、カンエイが率いる東都軍に囲まれて隊列を成していた。
北都軍の兵たちは皆、疲労と憔悴の色を漂わせている。
北伐へ出発した際に東都都督が座っていた輿には、カンエイが堂々と身を預けていた。輿の上から北都の街を悠々と見渡すカンエイの目には、宴の夜に見た時と変わらぬ嫌らしさに満ちている。
リキは彼に対するさらなる嫌悪感と、北都の行く末に不安を抱かずにはいられなかった。
都督府へと帰る隊列の中に東都都督と息子たちの姿はない。
しかし北都都督とリキの兄シュウイ、ソシュクとハクランの姿を確認することが出来た。リキは一先ず安堵したが、ハクランの表情に滲む悔しさを察して唇を噛んだ。
戦況の偵察へ向かった老将もその中に居た。国境の北都軍と共に、カンエイの配下に拘束されたらしい。いち早く都督府へ事態を知らせた兵の一人は、辛うじて逃げ帰ることが出来たのだ。
カンエイは拘束した北都軍を引き連れて、都督府へと入った。
そしてリキの父カクヒが座っていた都督の座に着くと、眼下に跪く北都の軍勢を見渡して笑みを浮かべた。
「従うのなら、北都に一切危害は加えない」
と、カンエイは服従を勧めた。さらに、
「刃向かうのであれば容赦はしない」と付け加えて。
カンエイは項垂れるカクヒの肩に手を置き、耳元で囁いた。
「私は無駄な争い事が嫌いでね。決して悪いようには致しませんが、いかがなさるおつもりかな?」
「北都の者に決して手を出さないと、彼らの身の安全を約束していただけますか」
と言って、カクヒはカンエイを見据えた。膝の上に固く握った拳が小刻みに震えている。
カンエイは冷ややかな目をして、僅かに口角を上げた。
「約束しよう」
カンエイの言葉に念を押すように頷き、カクヒはゆっくりと立ち上がる。
集められた北都軍の兵たちをゆるりと見渡して、深く息を吸い込んだ。
「これより、北都はカンエイ殿に従うこととする。皆は決して抵抗することのなきよう」
皆に言い聞かせるように力強い声で、言い終えると唇を噛んだ。一筋の涙が頬を流れ落ちていく。
北都の実権をカンエイに奪われたカクヒは、都督府から追い出された。さらに都督府に隣接する屋敷を乗っ取られ、リキらはソシュクの屋敷に身を寄せることになった。