第十九章 小さな奇跡 (10)
西都へ続く街道の途中、ソシュクは足を止めた。もう後少しというところだというのに、リキはソシュクの行動がわからず戸惑っている。その手を引いて、ソシュクは街道を外れていく。
「どこへ行くの? 西都へはそっちじゃない、方向が違うわ」
「いや、西都へはまだ行かない方がいい、もう少し時間を置こう」
ソシュクは穏やかな笑みを浮かべる。その短い言葉にはリキに対して余計な気を遣わないようにとのソシュクの配慮が含まれていることが、はっきりと感じ取ることが出来た。
まだ西都の姉の元に行くことはできない。
では、どうするのか。
「ソシュク、ごめんなさい。巻き込んでしまったのね……ごめんなさい」
リキの頬を涙が流れ落ちていく。ソシュクはリキの肩を抱き寄せた。
「気にするな、お前の気持ちはよくわかっている。お前の役に立てるのなら本望だ。今はその子を無事に産むことだけを考えなさい。後は私が何とかするから、リキは何にも心配しなくてもいい」
優しい声が沁みていく胸の奥から、今までソシュクと共に過ごしてきた日々が蘇る。リキが小さい頃から、ソシュクはいつも傍に居た。ハクランとともに遊んだり喧嘩した日々、常に見守ってきてくれた。リキにとって、もうひとりの父親のような存在だった。
「ありがとう、ソシュクが見守っていてくれるのなら私は何にも怖くない」
二人は西都の外れにある小さな村に入った。北都のとある村から移ってきた親子だと、名前と身分を偽って。誰にも気付かれることのないように。
やがてリキは子を産んだ。
その子がソシュクの手で西都のサイシの元へと預けられる頃、リキは北都の街へと戻った。しっかりと自分の足で、凛と前を見据えて。