第十九章 小さな奇跡 (9)
「ハクラン、リキは必ず私が守る。この子の無事も必ず約束しよう。お前にはこれからやらなければならない使命があるはずだ、北都でカクヒやシュウイ殿を助けていくことだけではない、東都のリョショウ殿のこともあるだろう」
ソシュクの低く穏やかな声が、ハクランの胸に沁みていく。すべてを見透かしたようなソシュクの声と表情は優しくも悲しくて、ハクランは目を逸らした。
父はこれから自分がしようとしていることを、身代わりになろうとしていると知ってしまったのだから。
リキを王太子に嫁がせることを阻止することはできないとわかっている。自分がリキをさらうのは、リキを西都へ連れていくのはそのためではない。自分の使命はリキの子を無事に取り上げて、西都にいるリキの姉サイシに託すこと。その後、自分はリキを連れて北都に戻るつもりだった。王太子妃にすることを阻止するためにリキを誘拐したのだと自首して。
そうなれば、罰せられるのは自分だけ。リキは何の罪に問われることもないだろうし、北都の都督らも皆も何の罪にも問われることはない。
もちろんリキにはそこまで話してはいない。話せるはずもない。話してしまえば、リキは何と言うだろう。二人で燕へ逃れることを選ぶだろうか、それとも一人で身を隠すだろうか。
「ソシュク、ありがとう。でも私たちは……」
「リキ、安心しなさい。私ならカクヒもわかってくれるはずだ。ここからは私が西都へ送り届けよう、ハクランには北都に戻ってやらねばならぬことがあるようだからな」
言い掛けたリキの言葉を遮って、ソシュクはにこりと笑った。燻っている不安を掻き消してくれるようなソシュクの顔に、リキは微笑んで返す。何か引っ掛かるものを感じながらも、ソシュクに任せれば心配いらないように思えてくる。
ハクランは表情を覚られぬように、二人から目を逸らして顔を伏せていた。
自分の決断を知った父に対する罪悪感と、愛する者を守れなかった自責に疼く胸の痛みを抑えるように固く拳を握り締めて。