第十九章 小さな奇跡 (8)
茶屋の扉を潜りぬけた人影は、店の奥に並んで座ったハクランとリキをすぐに捉えた。ゆっくりと歩み寄ってくるがっしりとした大柄の男性を見て、リキはハクランの体にしがみつく。離れまいと訴える目で見上げて。
彼は二人の前で足を止め、寂しげに微笑んだ。
「こんな所まで来ていたのか」
「ソシュク、ごめんなさい」
リキは溢れる涙を抑えることができなかった。崩れ落ちそうになるリキを、ハクランがしっかりと抱き留める。
そりてソシュクを見上げて、リキは決して離さないと無言で訴えた。覚悟を決めた目をして。
「ハクラン、よく聞いてほしい。私はお前たちの味方だ。このままリキを連れ去ればどうなるか、お前にもわかるだろう?」
「わかっています。罰せられることは覚悟しています。覚悟したからこそ、ここまで来たのです。俺にできることは、これしかない」
ハクランは強く言い放って、ソシュクを見据えた。きりりとした表情には、もう後戻りはしないという意思がはっきりと現れている。
ハクランの腕に抱かれていたリキが、顔を上げた。
「ソシュク、私は今まで北都のために自分にも何かできないかと考えてきた。だけど、こんな形で北都の力にならなければいけないなんて想像もしなかった。もし何にも無ければ、私は黙って王太子に嫁ぐことを決めることができたかもしれない。でも今は違うの、決められないの……私だけじゃないから、私にはどうしても守りたいものがあるから」
リキは目を潤ませながら、腹に手を翳した。愛おしげな表情はハクランではなく、ここにいない人物に向けられたものだとソシュクにも容易に察することができた。それを知ってしまったからこそ、リキとハクランの苦しい決断と心境さえ悲しく思えてならない。
「わかった、私が西都に送ろう。ハクラン、お前は北都に帰りなさい。皆に何を聞かれてもリキのことは知らないといいなさい、お前は居なくなったリキを探しに行ったとだけ答えなさい。それ以上のことは何も知らなかったのだと」
「父さん、西都に連れていくと決めたのは俺です。西都で必ずこの子をと、それに俺は……」
反論するハクランに、ソシュクは首を振った。二人に安心するようにと言い聞かせるように、穏やかな表情で。