第十九章 小さな奇跡 (7)
北都の街を出て西都へと繋がる街道沿いの小さな茶屋に、リキとハクランは立ち寄っていた。もう少し歩けば西都の街が見えてくるはずだったが、二人には喜びよりも不安の方が大きかった。
「ハクラン、本当にごめんなさい。私は取り返しのつかないことをしてしまった……お父様にもみんなにも……本当にこれでよかったのかわからない、今ならまだ戻って謝れば許してもらえるのかしら……だけど、このお腹の子はどうなるのかしら」
涙を浮かべたリキは、弱気な言葉を吐いてハクランに縋りつく。
自分が北都を出て行ったことで皆に迷惑がかかることはよくわかっていたが、今お腹にいる子のことを思うと北都にいることはできなかった。王太子に嫁ぐとわかっているのにリョショウの子を身籠っているとは、皆に言うことができなかったのだ。黙っていたとしても知られてしまえば、薬で堕胎させられることはわかっているから尚更だった。
北都のために王太子の元に嫁ぐことは仕方ないと諦めもつくが、自分のお腹の中で生きているリョショウの子の命を絶つことは絶対に避けたかった。いずれ嫁ぐとしてもこの子だけは産みたいと訴えるリキの願いを叶えるために、ハクランはリキを西都へ連れていく決断をした。
西都にいるリキの姉サイシなら、宰相シュセイなら、この状況を理解して何とかしてくれるかもしれないと思って。
「心配するな、俺が必ず西都へ連れていく。その子を見殺しにはしない、絶対に守ってみせるから」
と言って、ハクランはリキの肩を抱いた。
今こうして感じられる温もりは、昔のリキの温もりとは違うとわかっていながらも切なさが込み上げる。自分の物にすることができなかった悔しさと、手放してしまった後悔が胸の中で交錯している。
ただひとつ確かなことは、リキの願いを叶えてやりたいということ。
今まで何にもしてやれなかった自分にできる唯一のことは、自分の身を犠牲にしてでもリキの望むことを叶えることだと、ハクランは強く自分自身に言い聞かせた。
茶屋の扉が開いて出ていく客と入れ替わりに、大きな影が映る。
視界に映った影の持つ威圧感に、ハクランは顔を強張らせた。リキを抱く腕に力を込めて。