第十九章 小さな奇跡 (6)
その夜、北都に無事帰ってきた祝いの席を設けることになったが、そこにリキとハクランの姿はなかった。リキの父カクヒを始め、皆が屋敷中を探したが見当たらない。しかし北都の街に捜索の兵を繰り出すことをしないまま、食卓を囲んで皆は黙りこんでいた。ここにいる皆が、リキとハクランが姿を消した訳を知っていたから。
北都に帰ったカクヒらは、蔡王の勅命を持って帰ってきた。蔡王はリキに王太子妃として、王太子ギョクソウの元に嫁ぐことを命じたのだ。いざという時、隣国である燕に対抗するために東都と北都との繋がりを強めることが重要だと蔡王は言っていた。
カクヒはこの祝いの席でリキに打ち明けようと決意していたし、ここに居る皆が蔡王の勅命もカクヒの決意も知っていた。もちろんハクランも知っていた。ハクランがリキに話したことは明らかだった。
事実を聴かされたリキが混乱するのは当然だろう。リキが自らの意思で身を隠すことを決めたのか、リキを不憫に思ったハクランがリキを連れだしたのか、ここに居る皆に真相はわからなかった。
カクヒは大きく息を吐き、両腕を組んで目を閉じた。先ほどから何度も同じ行動を繰り返している。頭の中では同じ考えを巡らせるが、最善の策も確かな答えも見つからない。
その様子を見ていたシュウイは、黙って立ち上がった。立ち込めていた重苦しい空気を散らすように、凛とした表情で皆を見回す。
「私が探しに行きましょう、きっと連れ戻してきます」
「いや、シュウイ殿お待ちください。私が行きます。今回の件に息子が関わっていることは確かです。すべての責任は父親である私にあります、必ず連れ戻してきます」
ソシュクの力強い声が、沈黙を破ったシュウイの言葉を掻き消した。カクヒと目が合うと、ソシュクは深く頭を垂れる。両脚に添えた拳を固く握りしめて。
「ソシュク、罪を問うわけではないし、ハクランを咎めているわけでも責めているわけでもない。ただ、私はリキと話したい。自分の口からリキに事実を話したいだけだ、もしハクランからすべてを聴いたのなら、あの子もわかってくれているはず……」
カクヒは悲しげな目をしていた。