第十九章 小さな奇跡 (5)
ハクランの予感は、ほぼ的中していた。
暮れゆく景色を前に、縁側に座った二人は口を閉ざして俯いている。こんな時、何を言い出すべきなのか。何から話せばいいのか、言葉がまってく浮かんでこない。
リキは膝の上で拳を握り締めて、ぎゅっと唇を噛んでいた。何かを耐えているかのように、時折肩を窄める。きっと口を開けば言葉と共に、抑えているものが溢れてきて止められなくなるとわかっていたから。
『お腹に、リョショウの子が……』
リキの口から発せられた言葉は、決して喜べることではなかった。それはハクランにとって予想すら出来なかったことであり、ともすれば最悪の状況を突き付けられたとしか言えない。
同時にハクランがリョショウの件以外の知り得ている事実を打ち明けるには、あまりにも残酷な告白だった。今ここで自分が話さなくとも、今晩リキの父が話さなければならない。遅かれ早かれ、リキは事実を知り、リキの意思とは無関係に受け入れるほかはないのだ。
ハクランは堪らず両手を広げ、リキを抱き寄せた。強張ったリキの体を溶かすように力を込めて。
リキの手がハクランの服を握り締めて、体を預けるようにもたれ掛かってくる。まるで自分を頼っているかのように、身を委ねると言ってくれているようにもハクランには感じられた。
それなのに、沁みてくる温もりとともに胸の奥深くから込み上げてくるのは自分の無力さばかり。カンエイの討伐に失敗して北都を出奔した時、リョショウにリキを奪われたと知った時に感じた悔しさと全く同じ。
「リキ……」
ハクランは零れ出しそうな言葉を呑みこんだ。
本当は最後まで、口に出してしまいたかった。今こうして体の芯にまで感じられるリキの温もりを、もう二度と離したくない。たとえ、リョショウが記憶を取り戻したとしても。
リキを守ることが出来るのは自分だけだという自負が、ハクランにはあった。それを口に出してしまいたい衝動が、胸の中で暴れている。辛うじて抑えているのは、リキを抱いている腕に込めた力だろう。
『一緒に北都を出ないか』
思いきって言ってしまえば、きっとリキは頷いてくれるという自信があった。
ただ、その前にリキに打ち明けなければならないことがある。リョショウのことを話したとき以上の重苦しい空気が、二人を押し潰そうとしていた。