第十九章 小さな奇跡 (4)
ハクランは込み上げる怒りを抑えて、穏やかな声でリキに話して聞かせた。
宴の際に丞相の策略によって、リョショウが監禁されたこと。大量に薬を飲まされたことにより、記憶を失っていること。リキのことさえも思い出すことができないことを。
すべてを話し終えたハクランが唇を噛んだ瞬間、リキは泣き崩れた。
両手で顔を覆い、大きな声を上げて泣くリキは胸の中でリョショウの名を呼び続ける。決して届くことはないとわかっていても、呼ばずにはいられなかった。
「守れなくて、すまない。俺はすぐ傍にいたのに何もできなかった、アイツを守ってやることぐらいできたはずなのに……」
ハクランは悔しげに歯を食いしばり、握り締めた拳を震わせる。宴の席で自分は何故、リョショウを庇ってやることができなかったのだろう。すぐに連れて帰っておけばよかったと、後悔と悔しさばかりが込み上げる。
「本当にすまない、リキ、ごめん……ごめん……」
壊れそうなほど泣き続けるリキを、堪らずに抱き締めた。
すっぽりと包み込むハクランの力強さと温かさが、崩れそうなリキの心をしっかりと繋ぎとめて支える。懐かしくて優しい感触が、心の闇の深くに落ちていきそうになるリキを引き留めている。
自分の泣き声しか聴こえなかった耳に、大きく力強いハクランの鼓動が響いてきた。
ハクランが悪いのではない。誰が悪いわけでもない。そのような状況では、陛下と丞相を止めることなど誰にも出来なかったはずだ。誰も責めてはいけない。リキは懸命に自分に言い聞かせる。
やがて落ち着きを取り戻したリキは、ゆっくりと顔を上げた。
「ごめんなさい、大丈夫。私は大丈夫だから」
潤んだ目を細めて微笑んでみせるリキが、不意に顔を顰めた。
固く目を閉じて顔を伏せて、苦しげに肩を震わせる。
「リキ? どうした?」
腕の中に倒れ込んだリキが、荒い息遣いで見上げた。
「ハクラン……私、どうしたらいいのかわからない」
リキの声が震えている。泣きそうな顔で発した言葉の意味がわからず、ハクランはリキの顔を覗き込んだ。
「何のことだ? 全部話してくれ、俺でよかったら力になるから」
ハクランの言葉に安心したように、リキは穏やかな表情で目を伏せた。