第十九章 小さな奇跡 (1)
まっさらな朝の空気を思いきり吸い込んで、リキは空を見上げた。高く限りなく続く濃い青が、目に鮮やかに映って眩しいほど。
この空を、東都にいるリョショウも見上げているのだろうか。
ほんのりと熱くなる胸を押さえて、リキは目を閉じた。会いたいと思う気持ちは、離れるほどに強くなる。それでも穏やかな気持ちで居られるのは、リョショウが必ず戻ってくると言ったと聞いたから。
リキが急いで北都に帰ってきた時には、リョショウは既に東都へと発った後だった。
落胆するリキに、留守を預かる兄のシュウイが告げた。「必ず、迎えに戻る」とリョショウが言っていたと。その言葉を聞いたリキは、安心して待つことが出来た。
しかし、それから既に一ヶ月経っている。
皆が発ってから一週間過ぎた頃、東都から丞相失脚の知らせが届いた。しかしリョショウだけでなく、ハクランもソシュクも父さえも北都に帰ってこない。
東都での残務処理との知らせは受けていたが、不安は隠せないでいた。
「兄さん、丞相は流罪になったというけど、もう東都から追放されているのでしょう。お父様たちは何故帰ってこないのかしら、残務処理とはそんなにも時間が掛かるものなの?」
シュウイと母とリキの三人での朝食の席、リキは思い切ってシュウイに訊ねた。ぽつんと空いた父の席を見つめて、シュウイが首を傾げる。
「詳しくはわからないが、今まで丞相がこなしていた業務を誰かに引き継がなければいけないだろう。陛下の右腕として重要な業務をすべて引き受けていた丞相だ、誰を後継者にするのか人選にも時間は掛かる。とりあえず決めておくという訳にもいかないしな」
「そう、丞相はそれほど力を持っていたのね」
シュウイの答えにリキは頷き、ゆっくりと箸を置いた。食卓に並んだ朝食には、ほとんど手を付けていない。
「リキ? 最近食欲がないみたいだけど具合が悪いの?」
母が心配そうに覗き込むと、リキは小さく首を振った。
「ううん、少し風邪気味みたいなの、大丈夫だから心配しないで」
「皆の帰りが待ち遠しくて仕方ないんだろう、風邪気味なら食べておかないと治らないぞ」
「ありがとう」
シュウイの気遣いに感謝しながら、リキは席を立った。