第十八章 愛する人へ (11)
リョショウは記憶を失くしていたが、自分のことは覚えていた。自分自身が東都都督の息子であることも、はっきりとわかっている。唯一、北伐以降の記憶が欠落していて全く思い出すことができない。兄が自分を庇って亡くなったこともソシュクとリキに助けられたこともすべて。
医師は一時的な症状だろうという。今すぐには無理だとしても時間が経てば、やがて思い出すだろうと。
しかしカレンは、無理に思い出さなくてもいいと思い始めていた。
「いつもありがとう」
と、リョショウが微笑む。
毎日懸命に看病するカレンに向けられた目は穏やかで優しい。記憶を失っているためかもしれないが、カレンには王城での宴で見たリョショウの顔と今目の前で微笑むリョショウの顔は全く異なって見える。
「御加減はいかがですか? 今日はとてもいいお天気ですよ、雲ひとつない綺麗な青空が広がっています。見に行きましょう」
カレンはリョショウの手を取り、ゆっくりと歩き出す。
体格こそ多少違うが、ふと見上げたリョショウの横顔がコウリョウと重なって見えてしまう。
かつてコウリョウと周囲の目を盗んで、ひっそりと愛を育んできた思いが蘇る。
丞相の娘と東都都督の跡継ぎの交際が、簡単に許されるはずはない。もし交際が明るみになれば反対されることは目に見えていたし、二度と会えなくなる可能性もあった。
だからこそ、二人の愛は深まるばかりだった。二人で東都を出ようと考え始めた頃、北伐が起こりコウリョウは必ず帰ってくるとカレンに言い残して出兵した。
「無事に帰ってくることを祈っていました。あなたが帰ってきたら見て欲しくて、舞の稽古をしてきたのです。早く元気になって、私の舞を観ていただけませんか」
「舞を? 私のために?」
「はい、あなたとお別れする前に、あなたのためだけに舞いたいのです」
カレンの頬を一筋の雫が流れ落ちていく。悟られぬように俯いた頬に、リョショウが手を伸ばす。そっと指先で涙を拭うと、カレンはリョショウに抱きついて嗚咽を漏らした。
真っ青に澄んだ空の下、王城の中庭で二人は抱き合った。それぞれの胸の深くに欠けた隙間を、互いの温もりで埋めようとするように固く。