第三章 北伐 (2)
翌日、都督府には留守を預かる北都の兵士たちが集まっていた。主力は北伐のために国境へ向かっているため、残る兵の数はさほど多くはない。
彼らの表情は皆、暗く強張っている。
「我らの中から数名ずつ、戦況の確認に向かう者と東都へ状況を伝える者を選びたい」
老将が立ち上がり、皆を見渡した。彼の視線を避けて皆は俯き、口を閉ざし不安な表情を露わにする。
東都へ状況を伝えに行くのならまだしも、音信が絶え戦況が分からない国境へなど誰も行きたくないのが正直な気持ちだった。
しかし北伐へ向かった仲間を思う気持ちは、誰一人として変わらない。
「私が行きます」
長い沈黙を破り、リキは立ち上がった。
その力強い声に、その場にいた皆が一斉に顔を上げた。彼らをを見渡したリキの凛とした顔に、固い決意がはっきりと表われている。
「私が国境の陣へ行きます。東都への知らせは誰が? 残る者はここを守っていて」
リキの言葉に皆の顔色は明るくなったが、困惑は隠せない。
「リキ、何を言っているの? あなたが行っても何も出来る事はないのよ」
リキの母がきつく言い放った。
それはリキに向けられている言葉ではなく、この場に居る皆に向けられているように聞こえる。
その意を察した老将はリキの前に跪き、深々と頭を下げた。
「リキ殿の気持ちは本当に有り難い。しかし……この件は我らに任せていただけませんか」
周りの者たちも、リキに向かって頭を下げた。
丁重な言葉で告げる老将の目は、リキへの信頼の気持ちが溢れている。
その目を見つめていたリキは微笑んだ。
「分かりました。私はここに残ります。皆のことをお願いします」
「リキ殿、ありがとうございます」
老将は再び深々と頭を下げ、立ち上がった。
皆を見渡し、再び声を張り上げる。
「ここはリキ殿が守って下さる。私は国境へ向かう。共に来る者、東都へ向かう者はいないか」
その瞬間、皆の空気が変わった。表情から不安の色は、すっかり消え去っている。
皆の気持ちが一つになっていた。
リキと母は安堵の表情で頷き合った。
きっと皆が無事に帰ってくると信じて。