第十八章 愛する人へ (9)
しんと静まった部屋の真ん中、蔡王と丞相は時間に取り残されたように固く抱き合ったまま。延々と涙を流した二人は、いつしか互いの鼓動を確かめ合うように静かに息を吐いていた。
「陛下、ありがとうございます。私にはもう、その言葉だけで十分です。陛下にそう言っていただけるだけで……これまで陛下の傍にお仕えできたこと、何よりも誇りに思っております」
丞相が微笑んだ。
目はまだ潤んでいるが、震えることなく凛とした張りのある声で告げる。蔡王は彼の背中を叩き、首を振る。
「何を言う、其方が居なければ燕を抑えることはできなかった。今の蔡国の安定はなかったのだ」
「ありがとうございます、陛下と共に燕と戦った若かった頃のこと、今も鮮明に思い出せます」
二人は若い頃に思いを馳せていた。
志を抱いて共に戦った頃の思い出が、次から次へと蘇ってきては胸を熱くする。
「せめて、其方のカレンをギョクソウの嫁に欲しかったが……叶わぬようだな。すべて思うがままだったが、若き日の約束……ひとつだけ果たせぬのが残念だ」
「はい、私も残念でなりません。あの日、陛下と互いの子を結婚させようと約束した事、今もはっきりと覚えております。ギョクソウ殿のような真面目でしっかりとされた方はまさに理想です」
「そのことだが……カレンには申し訳ないが、ギョクソウの相手を考えねば……其方から助言を戴けぬか」
蔡王が声を顰めると、丞相は顔を上げた。その顔には薄らと笑みが浮かんでいる。
「承知しております、北都殿の娘はいかがでしょう? 北都からの人質として……今回の件で三都の結束が固くなっては後々厄介になりましょう、三都は程よく対立していた方が何かと都合がよろしいかと思います」
一息に答えた丞相の目は輝いている。
最後に何かを成し遂げようとする意思が、はっきりと感じ取れた。
「わかった、もはや東都は当てにならない。北都をこちらに抱き込んでおくということだな、西都は今まで通り突き放しておけば構わぬな?」
「はい、その通りでございます。陛下の立場を揺るがせるようなことは、決してさせません」
「ありがとう」
丞相の意思を汲み取って、蔡王は大きく頷いた。