第十八章 愛する人へ (7)
間もなく、書庫に護衛とともにミメイとカレンの母が駆けつけた。
部屋に足を踏み入れるなり、ぷんと充満する花香酒の香りに二人は鼻を塞ぐ。その視線の先には、崩れ落ちるように床に座り込んだ丞相。彼の腕の中に抱かれたカレンは、目を閉じてぐったりとして動かない。
その様子を見て、ミメイと母は慌てて駆け寄った。
「何があったのです? カレンはどうしたのです?」
母が丞相を問い詰める。丞相は悲壮な顔で首を横に振って、カレンを強く抱き締めた。
「薬を飲んだ……こんな男のために……カレンに、早く水を、水を飲ませてやってくれ」
「どういうことですか? 何の薬です? カレンは無事なのですか?」
「眠っている……強い睡眠薬だ、すまない……早く、吐き出させてやってくれ」
丞相は項垂れて大粒の涙を流しながら、カレンの頬を愛おしげに撫でる。母はすぐに用意した水をカレンの口に含ませようとするが、カレンの反応はない。父と母は何度も繰り返し、カレンの頬に触れて呼び掛ける。
痛々しい二人の様子に、ミメイは目を逸らさずにはいられなかった。
「医師を呼んできます」
と言って、ミメイが部屋を出て行く。彼女を見送った母は、部屋の隅で護衛に羽交い締めにされたリョショウに気づいた。もちろん尋常ではない様子に、母は驚きを隠せない。
「彼は……東都殿の? 何故、ここに? 何があったのですか?」
「この男が……すべてを壊してくれたのだ、コイツさえ帰って来なければ……」
「貴方? まさか、貴方が東都殿を?」
震える声で問い詰める妻から目を逸らして、丞相は唇を噛んだ。
カレンを強く抱き締める夫の答えを待つ妻は、心の中で切に祈っていた。夫が何も罪を犯していないことを、カレンが目を覚ますことを。
やがて丞相は、ひとつ小さく息を吐いて顔を上げた。
もう隠し落とせないと覚悟を決めて。
「こんな私を許してくれ、すべてはカレンとお前の幸せのため、私は二人を愛している。これだけは本当だ。もう……終わりにする、カレンを頼む」
大事そうに抱いていたカレンを妻に託し、丞相は立ち上がった。その頬から、一筋の雫が流れ落ちていった。