第十八章 愛する人へ (6)
丞相は護衛に取り押さえられたリョショウに向かって、ゆっくりと歩み寄っていく。
護衛の一人が書庫の棚の隅に隠してあった瓶を手渡すと、丞相は小さな紙の包みを開いて粉末を瓶の中へと入れた。父の手にした瓶の中から、ふわりと漂うのは花香酒の香り。
「お父様、何をするのですか?」
縋りついて引き止めるカレンを、父は険しい表情で見据えた。
「お前と私たち家族の幸せのためだ、部屋を出ていきなさい」
「嫌です! やめて下さい! もう誰も殺めないでください、私がギョクソウ様に嫁ぎます! だから、お願い、やめて下さい」
カレン大粒の涙をぽろぽろと零しながら訴えるが、父は冷ややかな顔を崩さない。
「カレン、コイツのために泣いているのか……こんな男のために……」
「違います、私はお父様のために……お願いしているのです」
と言って、カレンは父の手から素早く瓶を奪い取って駆け出す。父の伸ばした手をすり抜けて、くるりと振り向くと、ぎゅっと瓶を抱いて微笑んだ。彼女の顔には、父に泣き縋っていた儚さは消えている。
「お父様、ごめんなさい」
「カレン、返しなさい!」
父の声とともに、カレンは瓶を仰いだ。
「カレン!何を!」
思わぬカレンの行動に、丞相は血相を変えて駆け寄った。護衛らとリョショウが目を見張る前で、カレンは瓶の中の花香酒を煽る。
「カレン! やめろ!」
丞相はカレンから瓶を取り上げ、床に放り投げた。瓶から零れ出た花香酒の香りが、部屋の中に満ちていく。カレンは薄らと笑みを浮かべた。
「ああ、何てことを、カレン、早く吐き出しなさい! お前たち、早く! 水を持って来い!」
丞相は狼狽えながら護衛らに命じると、カレンを抱き締めた。護衛の一人が部屋を飛び出す。もう一人は唖然としながらも、リョショウを取り押さえている。
「お父様、私はお父様を信じていました。コウリョウ様の事も、いつか許して頂けると、信じて……」
「カレン、カレン……私はお前を愛している。すべてはお前と母さんのためなんだ、わかってくれ」
「お父様……」
泣きじゃくる父の腕の中で、カレンは静かに目を閉じた。