第十八章 愛する人へ (3)
その夜、カレンは一人で書庫に向かった。昼間見た父と護衛らの姿に感じた胸騒ぎと、宴の夜に見た酔い潰れたリョショウの姿が何故か忘れられない。何らかの確信があるわけではないが、カレンは書庫に行かなければいけない気がしていた。
父の部屋から、こっそり拝借した鍵で書庫の重い扉を開く。真っ暗な書庫の中から漂ってきたのは、紙の匂いに紛れた微かな花と酒の香り。書庫から匂うはずのない香りに不審を感じながら、カレンは灯りを翳して書庫の中へと入った。
壁際を埋め尽くすように本棚が並んだ部屋は、圧迫感と息苦しさを感じる。床に積み上げられた本の中に、黒く大きな塊が横たわっている。
灯りを掲げたカレンは、息を呑んだ。
照らし出されたのは、固く目を閉じたリョショウの顔。後ろ手に縛られた姿からは、単に酔い潰れて眠っているのではないと明らかにわかる。
すぐに歩み寄り、灯りを床に置いたカレンは縄に手をかけた。
両手足に食い込むほどきつく縛られた縄は、なかなか解くことができない。苛立ちと共に胸元から短剣を取り出し、力いっぱい縄を切った。
上体を起こして頬に触れ、何度も呼び掛けてみるが反応はない。首筋は温かく、僅かに開いた口からは花香酒の匂いとともに弱々しい息が漏れている。
カレンはリョショウを床に寝かせて、部屋を飛び出した。
再び部屋に戻ってきたカレンは、水差しとコップを抱えている。リョショウを抱き起こして、水を注いだコップを口元に近付けて促すが反応はない。呼び掛けながら唇に水を触れさせると、ぴくりと震えた瞼が開いていく。
「リョショウ殿? お気づきですか?」
リョショウは僅かに水を含んで、ぼんやりと定まらない目でカレンを見つめた。
「まだ酔っ払ってるの? どうして貴方が、こんな所にいるの? 何があったの?」
カレンは昼間に見た父の姿を掻き消したくて、まくし立てるように問い掛ける。本当は薄々気づいていた。ここにリョショウをつれてきたのは、父の護衛だと。それは父の指示だということも。
「君は……」
力無い声を発して、リョショウが手を伸ばした。伸ばした手は震えながらカレンの手に重なり、縋るように引き寄せる。
リョショウの顔が、ここに居ない誰かの顔と重なって見えてくる。
「やめて、触らないで」
カレンはその手を払い除けた。