第十八章 愛する人へ (2)
中庭を囲んだ回廊に、柔らかな日差しが降り注いでいる。庭木を楽しげに飛び回る鳥たちの声に誘われうように、カレンは足を止めた。
これから舞の稽古のため部屋を出たところ、後をついていたミメイがカレンの背に危うくぶつかりそうになる。
「カレン様、どうされました?」
「ねえ、今、何か聴こえなかった?」
ミメイが驚いて、問い掛ける。
カレンは耳を澄ませながら、廊下をぐるりと見渡した。聴こえてくるのは、光に満ちた中庭を流れる小さなせせらぎ、風に揺れる枝葉の音と鳥のさえずり。
「いいえ、私には何にも聴こえませんでしたが……どんな音でした?」
「うん……何となく人の声のような……違うような……」
「きっと、通りを行く人たちが騒いでいたのでしょう、昼間ですからね」
曖昧に答えて首を傾げるカレンに、ミメイは笑って返した。
「そうかしら……」
しばらく納得いかない顔をしていたカレンは歩き出そうとして、中庭を挟んだ廊下の向こうを歩く父の姿を見つけた。表情までは見えないが、父の後に付き従う二人の護衛は頭を垂れている。父が護衛らに何かを命じたことは明らかだった。
「お父様、どうされたのかしら?」
不思議に思ったカレンの口から、疑問が零れ出る。普段であれば日中は王城での執務があるため、父が屋敷に戻ってくることはない。
「私には書庫から出てきたように見えましたが、きっと何かの資料を取りに戻られたのでしょう」
「そう、ミメイはよく見てたのね、書庫なら不思議じゃないわね」
と答えたものの、カレンの胸に何かが引っ掛かっている。
その正体が分からず、カレンはモヤモヤする気持ちを抱えながら父と護衛を見送っていた。護衛の一人の手に握られている小さな瓶が目に飛び込んだ瞬間、一昨日の夜の記憶が蘇る。
王城での宴の帰りに、回廊ですれ違った護衛の姿。彼らの腕に抱かれて運ばれていくリョショウ。酔い潰れたという彼は、今頃どうしているのだろうと。