第十八章 愛する人へ (1)
どこからともなく、鳥のさえずりが耳に届いてくる。
目を開けて確かめようとするが、重く閉じられた瞼を動かすことができない。体の力はまるで、自分のものではないように重く痺れている。
辛うじてわかったのは、自分が縛られて床の上に横たわっていること。後ろ手に縛られた右腕が痛むが体勢を変えることができず、両足首もきつく縛られて痛む。
やがて鳥の声は消え、近付いてくる足音。鍵が外れて重い扉が開く音の後、足音が床を伝って響いてくる。
「まだ寝ているのか?」
小さな声だったが、リョショウには聞き覚えがあった。朧げな意識の中、記憶を辿るが何も思い出せない。
声の主である丞相は、リョショウの様子を窺うように護衛に命じた。ぐいと顎を持ち上げた拍子に瞼が緩み、リョショウの視界に光が差し込む。ぼんやりと映るのは、顔を覗き込んでいる二人の大柄の男。彼らにも見覚えがなく、リョショウには自分の置かれた状況が理解出来ない。
「もうすぐ目を覚ましそうですが……」
護衛の男が答えると、丞相は冷ややかな目でリョショウを見下した。僅かに開いた目は虚ろで、何かを映しているようには見えない。
「無様だな、お前たちさえ帰ってこなければ全て上手くいったものを……何故、俺の邪魔をする!」
丞相は吐き捨てると、力任せにリョショウの腹を蹴り上げた。不意に襲った激痛に、リョショウは声を上げて体を曲げる。込み上げる怒りをぶつけるように、丞相は何度も蹴り上げ続けた。
「これを飲ませておけ」
と言って、丞相は紙に包まれた粉末と小さな瓶を護衛に渡した。戸惑う護衛に丞相は笑って答える。
「安心しろ、まだ殺しはしない、眠らせるだけだ」
「それなら、香を使った方がよろしいのでは……」
「煙が出ると屋敷の者に気付かれる恐れがあろう?私達も容易に近付けなくなる。それに簡単に眠らせては面白くないだろう?」
丞相はにやりと笑って目配せした。
すぐに護衛らがリョショウを抱き起こし、粉末と瓶の液体を口に注ぎ入れていく。口に満たされる液体の香りと喉を通り過ぎる熱さと苦しさに、リョショウは顔を歪めて喘ぐしかない。
ようやく瓶が空になった頃、リョショウは男にもたれ掛かったまま再び意識を失っていた。