第三章 北伐 (1)
北伐が開始されて一週間が経ち、北都では不気味なほど静かな日が続いていた。
蔡国の連合軍は国境の山中に陣営を構え、燕国と互いに対峙したまま動く様子はないという。
当初、事態はすぐに終息すると思われていた。蔡国の軍事力を燕国に見せつけた上で、和解の方向へと話を進める。実際に燕国を侵略し、攻め滅ぼすつもりは無い。
その気になれば、いつでも燕国に攻め込むことが出来ることをアピールするだけでよかったのだ。
それから間もなく陣営と都督府の間を毎日往復し、戦局を細かく知らせていた兵の連絡が途絶えた。
口には出さないが、北都の皆が最悪の事態を予測し始めていた。
それはリキも同じだった。ソシュクのいない屋敷の縁側で、日が傾きオレンジ色に染まる空の向こうに国境の山並みを眺めている。
リキの隣りには、リキの母とソシュクの妻も居た。三人で戦況について、話していたのだ。
「みんな、大丈夫かなぁ?」
リキは足をばたつかせて落ち着かない。
それに反して、リキの母とソシュクの妻は至って穏やかだ。
「大丈夫、気にしなくてもすぐに戻ってくるわよ」
「そうよ、明日には皆揃って帰ってくるかもしれないから心配しないで、落ち着いて待ちましょう」
二人はリキの様子を見て、笑みを浮かべている。どこか余裕さえ感じられる二人に、リキは苛立ちを覚えた。
「私、ちょっとだけ様子を見に行こうかな」
と溢して縁側から飛び降りると、リキは両手を翳して伸び上がって振り返った。
そこには母が険しい顔で睨んでいる。
「リキ、絶対にいけませんよ。こんな時に馬鹿なことを言わないで」
「冗談よ」
リキは舌を出して、再び空を見上げた。
本当は今すぐにでも飛んで行きたい。自分に出来ることはないのかもしれないが、少しでも早く戦況と皆の安否を知りたい。
ハクランは無事だろうか。リキはざわめく胸に手を当て、沈みゆく西の空を見つめ祈った。
「皆を集めた方がよさそうね」
リキの背を眺めながら、母は顔を曇らせた。