第十七章 失脚への道 (10)
広間に案内されたイキョウは、シュセイと目が合うと小さく頷いた。ここで会うことを示し合わせていたかのように、穏やかな表情でシュセイが頭を下げる。
「西都殿、遠いところをよく参られた」
壇上から蔡王が労いの言葉を掛ける。表情は平静を保っているが、内心はそうではない。何故、ここにやってきたのかと込み上げる猜疑心を抑えきれずにいた。
それは蔡王の隣りに控える丞相も同じであった。にこやかに西都都督を迎えながらも、西都都督とシュセイが何を企んでいるのかと憶測を巡らせる。さらには、自らに迫りくる危機への恐れを払拭しきれずにいた。
「陛下、突然謁見を申し出てしまったことをお許しください。今回の件について、東都殿と北都殿が報告に参上しているにも関わらず、私が西都に留まっていることは陛下に対して極めて無礼に当たることに気付いたため急いで参った次第です。遅れてしまいましたこと、どうぞご容赦いただけますようお願いいたします」
深く礼をするイキョウの姿を見つめる丞相の胸が、どくんと大きく高鳴った。
西都都督は最初から遅れてくるつもりだったのではないか、という答えがひとつ浮かび上がる。何のために……と懸命に答えを辿りながら広間を見渡すと、シュセイが目に留まった。
口元に緩やかな弧を描くシュセイの表情は、安堵感に満ちている。それは西都都督がやってきたからだけではなく、自分に対する勝利ではないかと気付いた丞相は目を見開いた。
「今すぐ宴の準備をさせよう、西都殿、準備が出来るまで宿舎で休むといいだろう。着替えもせねばならぬだろうしな」
「ああっ、陛下……」
蔡王から発せられた言葉に、丞相は思わず声を上げた。
明らかな驚きと焦りの入り混じった声に、皆の視線が一斉に丞相へと注がれる。うろたえる丞相の様子を見て、蔡王もようやく事態に気付いて口を塞いだ。
「丞相? どうなさいました?」
シュセイが問い掛ける。全てを見透かしたようなシュセイの涼しい表情に、丞相は俯いて歯を食いしばった。
「では陛下、私は宿舎で待たせていただきます。シュセイも伴って参ります」
西都都督の穏やかな声が、さらに追い打ちをかける。
「丞相、もう終わりだ」
がくりと肩を落とす丞相に、蔡王は声を潜めて告げた。