第十七章 失脚への道 (7)
蔡王の部屋に急ぐ丞相の前に、立ちはだかる男があった。彼は険しい表情で丞相を見据えている。
「ギョクソウ殿、どうされました?」
「東都軍とリョショウ殿はどちらに? 東都の将を牢に入れていたのは貴方でしょう、どちらに移されたのです? リョショウ殿を移動したのも何か企みがあってのことでしょう」
何食わぬ顔をする丞相に、ギョクソウのは強い口調で問いかける。
「何をおっしゃいますか、私は何にも存じ上げておりません。ギョクソウ殿ともあろう方が、そのような言い方をされては困ります。もし誰かに聞かれましたら誤解されるではありませんか」
丞相は全く動じる様子も見せず、ゆったりとした笑顔で返した。しかし、ギョクソウも声を荒げたりすることもない。ただ、ギョクソウの目はまっすぐに丞相を捕えている。
「丞相殿、私は誰かに話すつもりはありません。もし、貴方が間違ったことをしているのなら気付いてほしいと思っているだけです。これ以上、事が大きくならないうちに正しい道へと修正することは出来ませんか」
ギョクソウの口調は穏やかで、憐れむような目はすべてを見透かしたように見える。
丞相は僅かに顔を引き攣らせたが、すぐに深く頭を下げた。その顔をギョクソウから隠すように。
「ギョクソウ殿、そのような人聞きの悪いことをおっしゃるのは止めていただけませんか? 私は陛下のため、この国のために全力を尽くしていることをどうぞ御理解くださいますよう」
「それは私もよく存じております、だからこそ、丞相殿には道を外れてもらいたくないのです。奥様やカレン殿のためにも」
カレンの名を聞いた丞相は、胸で組んだ手を固く握り締めた。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。カレンはギョクソウ殿を心より慕っております。ギョクソウ殿の琴の音に合わせて舞うことを夢見て、毎日稽古に励んでおります。どうか気に留めていただけますよう、よろしくお願いたします」
顔を上げた丞相は強張った表情を緩ませて、柔らかな笑みを浮かべている。それはただ一人の娘を思う優しい父親の表情でしかない。
ギョクソウは胸の奥が痛むのを感じながらも、それ以上は何も言うことが出来なかった。