第十七章 失脚への道 (2)
蔡王は椅子の背にもたれて、ふうと息を吐いた。
「丞相、助かったぞ。息子ながら、ギョクソウの観察力は恐るべしだ」
「いいえ、ギョクソウ殿が陛下のお部屋に向かう姿をお見かけしましたので、つい追い掛けてしまいました。いつになく早い足取りでしたので、もしや……と思いまして」
「もしや……話を聞いていたのか?」
「はい、聴こえてしまいました」
丞相はにやりと笑って、頭を垂れる。そして机を回り込んで、顎鬚を撫でつける蔡王の傍へと歩み寄った。部屋の中をゆるりと見回して、そっと身を屈めて耳元で囁く。
「まだ、よく眠っております。いかがなさいますか」
「そうか、片付けるのは簡単だ、利用価値があるかもしれん。もう少し眠らせておいてやれ、嫌いな酒を頑張って飲んだのだから。ところで、東都の部下とは別の場所か?」
「はい、牢には入れないことにしました。東都の部下と会わせると厄介になるかもしれませんので。資料室の奥で警護役に見張らせております。もし目を覚ましたとしても問題ありません」
「なるほど、お前の警護役か……お前の警護は問題ないのか? しかし、うまくやったものだな。ギョクソウも花香酒を飲ませ過ぎたからだと思い込んでいるようだ」
満足げに何度も頷いた蔡王は、ちらりと丞相へと目を向けた。
「恐れ入ります。私の警護には他の者がおりますので御心配なさいませんよう。ギョクソウ様を騙せたのなら成功かと……誰にも怪しまれることはないでしょう。花香酒に薬を加えてみましたが、あれほど効くとは私も驚きました」
「西都の宰相も騙されているのだろうか? 奴はなかなか鋭くて面倒だからな、気付いてなければよいが……もうすぐ報告に来る頃であろう? カンエイやモウギのこと、東都の夫人のことも問われるであろうが大丈夫か?」
「はい、ご安心くださいませ。すべてはカンエイとモウギの暴走による結果です。陛下も私も何にも知りませんでした。我々の手の及ばぬところで起こった事実に、驚いている限りでございますよ」
蔡王は声を上げて笑い、丞相の肩を抱いて引き寄せて告げた。
「説明した上で彼らが納得出来ぬというであれば、仕方あるまい。後の始末は頼んだぞ」
「御意にございます」
目映い光の差し込む部屋に、二人の笑い声が響いた。