第二章 迫る不安の影 (11)
ずっと、このままでいたい。
リキは切に思った。ハクランの腕を強く引き寄せて、顔を埋めるように抱き締めた。
いつもすぐ近くで感じていたはずのハクランの匂いが愛おしくて、離したくない気持ちに駆られる。
夜風が柔らかに髪を揺らしながら、通り過ぎていく。ひんやりとした冷たさが感じられるのは、ハクランの温もりに抱かれているせいだろうか。
戦など無くなればいい。込み上げる愛おしさと共に、来たる戦に対する不安が後を追う。
それは到底無理な願いだと分かっているのだが、叶うのなら行かないでほしいと本気で思うようになっていた。
静かな時が流れる中、ふとハクランの腕が緩んだ。ゆるりとした腕の動きに身を任せ、振り返ったリキをハクランが受け止める。
ふわりと唇に重なる感触。その隙間から漏れる温もりがリキの中へと入り込み、深く染み渡っていく。 目頭が熱くなる感覚を抑えるように、リキは目を閉じた。
行かないでほしい。
懐かしく、どこまでも優しい安心感に体中が満たされていく。
「リキ」
そっと唇が離れ、ハクランは囁いた。気恥ずかしさから視線を逸らしたリキを、ハクランはまっすぐに見つめている。
「大丈夫だから……必ず帰ってくるから待ってて」
戦に向かうハクランの覚悟だった。
リキは顔を上げた。ハクランの瞳は揺らめき、そこに映る不安の影をリキははっきりと感じ取ることが出来た。
胸がざわめき始める。
リキは黙ったまま、ハクランを見つめるしか出来なかった。次々と込み上げてくる思いを適当な言葉にすることが出来ない。そして言葉にして出すことが怖くて、声に出せない。
こんな時、笑って心配ないとさらりと言えればいいのに。
不安を悟られないようにと念じながら、リキは唇を噛んだ。
「待ってるよ、待ってるから、気をつけて」
ようやく気持ちを落ち着かせて出た言葉だった。言い終えた口元が震えるのを隠すように、リキは大きく頷いた。
屋敷の奥から近付く足音に気付いた二人は、顔を上げて微笑んだ。
大丈夫と互いに言い聞かせるように、まっすぐに目を合わせて。