第十七章 失脚への道 (1)
いつもより遅く起床した蔡王がぼんやりと着替えていると、待ち構えていたかのようにギョクソウが部屋に入ってきた。扉越しに入室の許可を取ったかさえも定かではない。
穏やかなギョクソウにしては珍しく、険しい表情で蔡王に迫る。
「ギョクソウ、どうした? お前のそのような怖い顔を見るのは久しぶりだが、何かあったのか?」
蔡王は着替えを終えて、柔らかな口調で問いかける。目の前に迫るギョクソウをかわすように、隣りの執務室へと向かった。
「父上、昨夜の宴についてお聞かせ願えませんか。東都殿の息子になぜ、あんなに酒を振舞ったのです? 彼の様子から酒は苦手かもしれないとわかっていたでしょう」
「いや、知らなかったが……彼は苦手だったのか? では何故、西都の宰相のようにきっぱりと断らない? 苦手なら最初から断ればよいであろう?」
知らん顔で机に向かった蔡王は、書類の入った箱へと手を伸ばす。
観察力のあるギョクソウは、宴席でのリョショウの様子にいち早く気付いていた。しかし王である父が振舞っている以上、余計な口出しをすることは出来ないため見ているしかできなかった。
「とくに、あの花香酒は大変強い酒です。勧めるべきではなかったでしょう」
「丞相が私のために造った酒を特別に振舞ってやったのだ、あの場で彼にだけ勧めないのは不自然であろう? 酒など数をこなせば強くなるものだ、いつまでも飲めないままにするつもりか?」
「それぞれの体質もあるのですよ、量を飲んだからと言って必ず飲めるようになるとは限らないのです。彼は今どちらで休んでいるのですか? 私が様子を見に行ってきます」
声を荒げるギョクソウを面倒くさそうに見上げて、蔡王は大きく息を吐いた。
「待て、お前が様子を見に行く必要などない。丞相が面倒を見させているのだから余計なことをするな」
「しかし昨夜の様子では、かなり具合が悪そうでした。医師の手配も必要でしょう」
「失礼をいたします、お話中お邪魔をして申し訳ありません」
蔡王に詰め寄るギョクソウの背後から飛び込んだ声。開いた扉の向こうには、丞相が恭しく礼をしている。蔡王の表情が、ほっとしたように明るくなった。
「ギョクソウ、話は後で聞こう。丞相と大事な話がある」
きっと見据える蔡王に礼をして、ギョクソウは大きな溜め息を吐いて部屋を出た。