第十六章 闇を照らす光 (9)
僅かに酒を含んだだけで口の中いっぱいに花の香りが広がり、鼻へと突き抜けていく。酒が通り過ぎていく喉から胸へと焼けるような熱さが、いつまでも消えることなく留まっている。込み上げてくる気持ち悪さに、リョショウの目の前の景色が早くも揺らぎ始めていた。
しかし花香酒を口にした者たちは、感激と称賛に湧き上がっている。極上の酒の味というものが、リョショウには全く理解出来なかった。
「嘘だろ……」
「お子様のお前に飲ませるのは勿体ない酒だな、俺が飲んでやろうか?」
顔を歪めて息を吐くリョショウの杯に、ハクランが手を伸ばした。言い方はきついが、助けようとするハクランの優しさだった。
すると銚子を手にした侍女が素早く歩み寄り、空になったハクランの杯に酒を注ぐ。手際の良さに驚いた表情で侍女を見つめるハクランに、丞相が声を掛けた。
「ハクラン殿、足りなければ遠慮なさらずお申し付けください。すぐに侍女に用意させましょう。リョショウ殿にもご用意いたしますよ」
丞相の態度に疑問を抱きながらもハクランは礼を述べ、リョショウにはべつの侍女が盃を差し出す。
「仕方ない、無理するなよ」
ハクランは声を潜めて盃を仰いだ。その飲みっぷりに見惚れている侍女に、リョショウが尋ねる。
「よかったら、飲みますか?」
侍女は苦笑いしながら、恥ずかしそうに首を振る。リョショウは目を閉じて、酒を一気に流し込んだ。
壇上で盃を揺らす蔡王に何かを告げる丞相の姿。蔡王が満足げに笑みを浮かべて頷く。何を話しているのか聞き取ることは出来ないが、リョショウには彼らの表情が妙に気になった。
見回したが、盃を手にして顔を綻ばせる人々に変わった様子は見られない。
新たに差し出された盃の酒を飲み干したリョショウは、いつの間にか蔡王と丞相の視線が自分に向けられていることに気づいた。傍の侍女がリョショウに盃を差し出す。丞相はリョショウに受け取るように促して、広間へと視線を移した。
「大丈夫か?」
盃に注がれる酒を次々と飲み干していたハクランが、盃を手にしたままぼんやりとするリョショウに呼び掛ける。
「ああ……」
はっとして顔を上げたリョショウの視界が歪み、手から盃が離れた。力が抜けていく感覚に歯を食いしばるが、身体を支えることができずにリョショウは崩れ落ちた。