第十六章 闇を照らす光 (5)
王宮の大広間の壇上から見下ろす蔡王は、満面の笑みを浮かべて杯を掲げた。
「東都殿、リョショウ殿、よくぞ無事に帰ってきてくれた。私からの感謝の杯を是非受け取ってほしい」
東都都督とリョショウの杯に注がれた酒からは、芳しく開いた花のような気高い香りが漂ってくる。香りを愛おしむように吸い込みながら、東都都督は目を細めた。
その様子を見ていた蔡王は、満足げな顔で呼び掛ける。
「それは丞相に命じて造らせた特別な花香酒だ。ここ数年のうち最高の出来栄えだ、まずは遠慮せず飲んで、食べてほしい。話はその後にゆっくり聞こうではないか」
「このような素晴らしい酒を戴けるとは本当に有り難いことです、生きていてよかったと心より感謝申し上げます」
促されて杯の酒を飲み干す東都都督の隣りで、リョショウはためらいがちに杯を口へと運んだ。リョショウには最高の出来栄えの酒と言われても、味など全くわかるはずもない。目と鼻を突く匂いと喉元を通り過ぎる熱い感触に息を止めて、固く目を閉じる。
「リョショウ殿も見事な飲みっぷりだ、さあ、どんどん注いでやってくれ」
事情を知らない蔡王はさらに飲むようにと促す。リョショウは断ることが出来ずに、げんなりとしながらも注がれた酒を飲み干した。
隣りで見ていたハクランが、気の毒にと言いたげに苦笑する。そしてリョショウに見せつけるように、ぐいっと杯を仰いで飲み干した。
「申し訳ない、少し待ってください」
やがてリョショウは杯を下ろした。
胸から込み上げてくる不快感に耐えきれなくなり、ふぅと大きく息を吐く。席を外して風に当たりたいと思いながら広間を見渡し、皆の様子を確かめる。皆が次々と注がれる酒を飲み干して顔を綻ばせる中、シュセイだけが酒に呑まれた様子もなく凛とした態度を保っている。
その姿勢に羨ましさを感じながら眺めていると、ふと視線を感じてリョショウは振り向いた。
丞相の席の隣りに座る若い女性。結い上げた艶やかな黒髪に飾られた金色の髪飾りが、広間の灯りを映して煌めいている。きりりとした顔立ちに丸く大きな瞳が、リョショウをまっすぐに見据えている。決して好意ではない突き刺すような視線に、リョショウは目を細めた。
もちろん、彼女と初めて顔を合わせたわけではない。彼女が丞相の娘カレンであることをリョショウは知っていたのだから。