第十五章 北都奪還 (6)
先ほどまでの穏やかな表情を一変させ、ハクランは突き刺すような目でリョショウを睨み返した。怒りを露わにして、壁に凭せ掛けていた背をゆっくりと起こす。
沈黙に包まれた二人の間合いを冷たい風が吹き抜け、屋敷の中の宴席の賑わいが耳に届いてくる。
「お前に何がわかる? あの状況でもお前はリキを連れて行くのか? 危険をわかっていても連れて行けるというのか!」
言い放ったハクランはリョショウの胸倉を片腕で軽々と掴み上げ、勢いよく壁に打ち付ける。衝撃に顔を歪めるリョショウを頑丈な腕が押さえつけ、地面から足が浮き上がりそうになる。
その気になれば、ハクランの動きを避けることもできた。それを敢えて受け止めたのは、ハクランの気持ちを知った上で腹を割って話したかったからだ。
リョショウの真意を察して、ハクランは苦笑した。
「お前なら、あの状況で何ができるという? リキまで窮地に立たせるのか? リキだけは守ろうという気持ちはお前にはないのか!」
「俺なら……迷わず連れていく、たとえ危険だとわかっていても絶対に離さない、俺が守ってみせる」
「バカな! 口で言うのは簡単だろう、状況を何も知らぬくせに綺麗事を言うな!」
ハクランは吐き捨てるように言った。固く握り締めた右の拳を震わせて、今にも殴りかかろうとゆるりと持ち上げる。
リョショウは歯を食いしばった。
固く引き締まった体が、ハクランを大きく見せている。北伐前にここで会った時よりも、ハクランは明らかに逞しくなっていた。北都を去って燕に逃れている数ヶ月の間、二度と敗走の屈辱を味うことのないようにと鍛えたのだろう。
ハクランの目はまっすぐにリョショウを捉えている。もはや、さっきまで和やかな会話を交わしていた二人ではない。
「俺は連れて行く、どこであろうと……」
「お前にわかるものか、俺がどんな思いで北都を離れたのか……リキを手放さなければならなかった苦しさが!」
「お前の気持ちなどどうでもいい、リキがどんな思いで待っていたか、お前は考えたことがあるのか! 俺はずっとリキを見てきたんだ」
「黙れ! 知ったような口を叩くな!」
ハクランが振りかぶった瞬間、リョショウは胸倉を掴んだ腕を思いきり振り落とした。前のめりに倒れ込むハクランが体勢を立て直す間もなく、リョショウは間合いを取った。