第十五章 北都奪還 (4)
リョショウは屋敷の裏口を出て、空を仰いだ。無数の星が視界に飛び込んだ瞬間、強烈な眩暈に襲われ視界が歪む。とっさに壁に体を預け、吐いた息の酒臭さに嫌気が差した。
宴会は一晩中続きそうな勢いだった。あれからも父に酒を飲まされたリョショウは、ついに音を上げて宴席を抜け出してきたのだ。
息を整えて、ゆっくりと目を開けた。懐かしい景色が目の前に広がっている。リキと初めて言葉を交わした場所、あの時と何も変わらない景色に安心感を覚えた。記憶を辿ろうとするリョショウを引き留めるように、裏口の扉が開いた。
「リョショウ殿、こんなところにいらっしゃったんですか」
足元をふらつかせながら出てきたハクランは、今にも蕩けてしまいそうな目で微笑んだ。どかっと壁にもたれ掛かったハクランから、酒の臭いが漂っている。
かつてリキが思いを寄せていた幼馴染を前に、リョショウは身構えた。
「ハクラン殿も休憩ですか?」
平静を装いながらリョショウが会釈すると、ハクランは口角を上げて庭の木々へと目を向けた。
「ええ、あなたのお父様に攻められて逃げてきたんですよ」
「申し訳ない、人に勧めるのが好きなので……兄がいれば父と対等に飲んで、いい相手をしてくれるのですが」
「そうでしたね、確かにお兄さんはすごかった」
北伐前の宴会を思い出し、ハクランはくすっと笑った。十分に微睡んだ目をしているというのに、口調ははっきりとしている。
「ハクラン殿もかなり強いようですね、羨ましいですよ」
「そんなにいいことはありませんよ」
「飲めないより飲める方がいいとは思います。私は全くだめですから」
「見てましたよ、苦しそうでしたね、見てるだけでかわいそうでしたよ。確かにお父様の相手は無理ですね」
ハクランは笑っているが、その瞳の奥には酔っているとは思えない鋭さを秘めているようにみえる。それに気づいたリョショウは笑って返しながらも、不思議に思った。
ひやりとした風が、庭の木々を揺らしながら通り過ぎていく。ふわりと髪を撫でられたリョショウは目を伏せた。
「ここに来るまでのこと、聞かせてもらえますか?」
顔を上げたリョショウを、ハクランが見据えている。冷ややかに突き刺すような目に、リョショウは一瞬怯んだ。さっきまでのにこやかで蕩けそうな様子は、まるで嘘か芝居であったかのように。