第十五章 北都奪還 (3)
北都の街は深い眠りに就いていた。風の無い静かな夜、空には零れ落ちそうなほどの星が輝いている。月の光に遮られることもなく。
軍勢は迷いなく、一気に都督府へとなだれ込んだ。
「燕が攻め込てきた!」
まさか燕の軍が攻め込んでくるとは想像もしていなかっただろう。カンエイの配下たちは燕の軍の旗と甲冑を見て混乱し、うろたえるばかりで戦えるような状態ではなかった。もはや、誰の目にも勝敗は明らかだった。
「くそ……丞相が謀ったのか……」
追い詰められたカンエイは、悔しげに顔を歪ませて剣を構えた。東都都督とリョショウ、ハクランらがカンエイを包囲している。もはや戦えるような状態ではない。
「謀ったのは丞相だけはないだろう、お前自身の愚かさを悔やむがいい」
東都都督の覚悟を促す声に、カンエイの顔が引き攣る。
「お前らみんな、俺の手で確実に始末しておくべきだった……役に立たない部下どもばかり……くそぉっ!」
肩を震わせたカンエイは剣を振り上げ、東都都督に向かって駆け出した。鈍く湿った音とともに、カンエイの見開いた眼が空を泳ぐ。力なく開いた口から言葉を発することもできず、カンエイはその場に崩れ落ちた。
その後、北都にいたカンエイの部下たちはすべて討ち取られ、牢に囚われていた北都の兵やリキの兄シュウイも解放された。
朝を迎えた北都は、歓喜に包まれていた。
カンエイらを一掃した都督府ではさっそく祝宴が開かれ、カクヒは協力した燕の軍勢とシュセイらに深く頭を下げて何度も礼を述べた。勝利と奪還の喜びに次々と酒が振舞われ、皆の顔が綻んでいく。
「東都殿、明日の出発に向けてお願いがあります。私もともに東都へ報告に参りたいのですが、よろしいですか?」
シュセイが酒を注ぐと、東都都督はくいっと飲み干した。ほとんど酒に口を付けていないシュセイとは違い、東都都督は顔を真っ赤にしている。
「もちろん、シュセイ殿に同行していただいた方が心強い。なぁ、リョショウ? お前もシュセイ殿に注いでいただきなさい」
東都都督は隣に座るリョショウに目を留めた。
「いえ、私は……」
「何を言うか、一人前の男として情けないことを言うな、シュセイ殿、注いでやってください」
まくし立てられて注がれた酒を渋々飲み干し、リョショウはふぅと息を吐いた。