第十三章 穏やかな夢 (11)
部屋の扉を開けたサイシが驚いて声を上げた。彼女の肩越しに部屋を覗いたリョショウの目に映ったのは、ベッドに横になったリキの横顔。はっきりと開かれた彼女の眼は、ぼんやりと天井へと向けられている。
すぐさまサイシが駆け寄り、リキに縋りつく。
「リキ、よかった……」
手繰り寄せたリキの手を固く握りしめるサイシの目からは大粒の涙が零れ落ちる。リキは状況を呑みこめない様子で、姉に顔を傾けて目を細めた。
リョショウは二人の様子を少し離れて見つめていた。リキの視界に届くか届かないかというぐらいの距離を保ちながら。それは彼女の目に映ることに対する不安からでもあった。
「姉さま、ごめんなさい」
掠れそうな小さな声が、リョショウの耳に届いた。リキの目はサイシを見つめながら、その後ろに立つリョショウへと向けられている。
リョショウの胸が僅かに震えた。目を逸らしたい衝動に駆られながらも自分自身を奮い立たせるように、きゅっと唇を噛む。胸の中では、ここに居る自分の名を確かめていた。
「気分はどう? どこか痛むところはない?」
「大丈夫、水を……水が飲みたい」
わかったと笑顔で返して、サイシは立ち上がった。くるりと振り返ったサイシは目元を拭いながらリョショウに頷き、後を託して部屋を出ていく。
静かに閉まる扉を見ていたリョショウは、振り返ることをためらった。本当はリキの顔を見たいと思いつつも、不安を拭うことが出来ない。また、彼女が他の名を呼んだら……
「リョショウ」
ぽつりと投げ掛けられた柔かな声が、リョショウの胸に沁みていく。体中に熱を持ちながら満ちていくのは安心感。同時に、自分は何て非力で臆病なのだろうと感じずにはいられない。
「リョショウ、顔を見せて」
なかなか振り返ることが出来ないリョショウに、再びリキが呼び掛ける。決して大きくはないが、縋るような声はこれまでに聞いたことがない声だと感じた。
リョショウは、ゆっくりと振り返った。
穏やかな笑みを浮かべたリキの目が潤んでいる。ようやく生まれた安堵の気持ちが、リョショウの背中を優しく押した。
ベッドの傍に膝をついたリョショウは、リキの頬に掛かる髪を撫で上げる。指先に絡む髪にほんのり感じる温もりが、不安を消し去っていくように思えた。