第十三章 穏やかな夢 (10)
自分はなんて非力なんだろう。
再び眠りに就いたリキをベッドに横たえたリョショウは、空を見上げて唇を噛んだ。じんと熱を持つ拳を固く握り締めると、リキの声が耳に蘇る。自分ではない彼の名を呼んだ声が。
「リョショウ殿、昨夜はずっとリキの傍についていてくださったんですね。ありがとうございます」
サイシはリキの部屋を訪れ、まずリョショウに礼をした。夜中に二度ほどリキの部屋を覗きにきたという。サイシの夫は先に食事を済ませて出仕したため、二人きりで食卓を囲んでいる。
「今朝、わずかに目を覚ましたのですが再び眠ってしまいました」
リョショウが力なく答えると、サイシは一瞬目を見開いた。僅かに生まれた喜びに縋りつくように、きゅっと口を結んで小さく息を吐く。
「そうですか、食事を終えたら私も様子を見に行きます、シュセイ殿にも知らせなければ……ありがとうございます」
潤んだ目で微笑むサイシの穏やかな顔は、自分自身を責める必要はないと言ってくれているような優しさに満ちている。そこにリキの姿を重ねずにはいられないが、リョショウは救われる気がした。
「サイシ殿、ハクランとは……どんな男ですか、先ほどリキが彼の名を呼んでいました」
訊ねると、サイシは優しい目をして頷いた。
「ハクランは幼馴染です。ソシュク殿のところで、リキと兄と私と一緒に剣術を学んでいました。でも私は剣術が大嫌いだったから、すぐにやめてしまいましたけどね。ハクランはと優しくて気の利く人で、いつも危なっかしいリキのことをとても心配してくれてたわ……リキは気付いてないこともあったのかもしれないけどね」
サイシは窓際の棚の上に生けられた花を見つめながら、遠く北都にいた頃を思い起こしていた。北伐前、サイシが嫁ぐ前の穏やかだった頃の思い出は温かく胸の中にじんと沁み渡る。
「本当に、子供のころはよかったと今になって思うの。何にも考えなくてよかった、ただ、その時を精一杯に生きていた頃が懐かしいわ」
つい口を突いて出た言葉は、サイシの本心だろう。 北都に居た頃の懐かしい思い出は、いつまでも変わらず胸の中で生きている。それはきっとリキにとっても同じことなのだろう。
リョショウはサイシを見つめながら、自身の思い出を手繰り寄せた。