第十三章 穏やかな夢 (6)
いつしか日は落ち、部屋に点された灯りの色が煌々と映えていた。窓の外に見えていた大樹の姿は、暗い闇の中に霞んでしまっている。しんとした闇からは、二人の会話を妨げないよう控えめな虫の声が届いてくる。
「余談になりますが、少し話をさせていただいてもよろしいですか」
シュセイは目を細めた。さっきまでの強張った表情は消え、柔かな笑みを浮かべて。
「何でしょう?」
「こうして東都の方と、あなたとゆっくりとお話させていただけるとは思いもしませんでした」
「私もです。北伐さえなければ、シュセイ殿に食事を御馳走になることなどなかったでしょう」
リョショウはふと笑う。
東都と西都は同じ国にありながら、互いの考え方の相違から両者だけで行動をしたり話す機会など今までになかった。話し合いの場には必ず北都や丞相や王が同席しており、彼らが緩衝材のような役割をしていた。ただし、そのような場において両者が互いに激しく意見をぶつけ合ったり、どちらかが考え方を強制することはまずない。しかし東都と西都に住む民には、少なからずの蟠りを抱かせていた。
「ちょうどあなたのお父様、東都殿と私は同じ年ぐらいでしょう。私にもあなたぐらいの息子が居ても不思議はない」
リョショウを見る目には優しさを帯びている。今は互いの意見を交わそうというわけではないと察して、リョショウはほっとした。
「御子息はいらっしゃらないのですか」
と訊ねると、シュセイは小さく頷いた。
「ええ、残念ながら。あなたを見ていると、もし私に息子がいたらと重ねてしまうのです。あなたにしてみれば迷惑でしょうが……何か私に出来ることはないかと思ってしまうのです。本当におせっかいなものでね」
寂しげな目をしながらも、それを隠すように笑みを見せるシュセイをリョショウは見ていた。
自分の父と同じぐらいならば、四十半ばから五十歳ぐらいだろう。確かに子供が一人、二人居てもおかしくない。
「シュセイ殿のお気遣いはたいへんありがたく思っています。しかし私のような息子では、がっかりされるでしょう」
「大丈夫、少々の怪我や危なっかしいことも私は目を瞑りますよ」
普段は落ち着き払い、感情の起伏を感じさせないシュセイが嬉しそうに笑っている。隠した内面をさらけ出すシュセイに対する疑念が薄らぐ気がした。