第二章 迫る不安の影 (7)
「大丈夫? 立てる?」
不安を覚えるリキに小さく頷くと、リョショウはすくっと立ち上がった。
そしてリキに手を差し伸べる。一見すると分厚くて固いリョショウの手は、思いのほか温かく感じられた。
「ありがとうございます」
立ち上がったリキからリョショウの手が離れると同時に、裏口の扉が開いて男が飛び出す。若干足元をふらつかせた男の様子から、酒に酔い宴席を離れてきたことが分かった。
「ハクラン?」
「あれ、リキ? こんな所で何してんだよ」
目を丸くするリキの隣りにリョショウの姿を見つけて、ハクランは僅かに顔を引きつらせた。酒に酔って、今にも蕩けてしまいそうな瞳の奥に覗いた鋭さをリキは見逃さなかった。
リョショウは軽く会釈すると、
「ハクラン殿、恥ずかしながら気分が悪くなったのでこちらで休ませてもらっておりました。宴はそろそろ?」
と、穏やかな笑みを浮かべた。それは先ほどまでリキと話していた顔つきとは違い、至って生真面目な雰囲気を帯びている。
「そうでしたか、私もこの様です。宴はまだ終わりそうにないので涼みに来たのですよ」
「ハクラン、大丈夫?」
一礼しようとして足元をふらつかせるハクランに、リキは慌てて手を伸ばす。その手を拒むように、ハクランは壁に体をもたせ掛けて苦笑した。
「まだですか……困ったなぁ、しかし私もそろそろ戻らなければまずいでしょうなぁ」
リョショウは首を傾げた。宴席に戻ることが躊躇われるのだろう。リキはリョショウとの会話を思い出した。
「まったく皆、危ないほど飲んでいますから。私のような若輩にはついていけませんよ」
蕩けそうな口調のハクランにつられ、笑いそうになったリキは俯いて堪えた。
リョショウは困った表情をして笑っていたが、やがて二人に深々と頭を下げると宴席へと戻っていった。
「ハクラン、飲み過ぎたんじゃない?」
「ああ、そうかも……もうちょっと休んでくわ」
リョショウが去った後、ハクランはその場に座り込んで壁にもたれ掛かっていた。緊張が解けて微睡みそうな目元を何度も擦っては、空を仰いで息を吐く。
隣りに腰を降ろしたリキは、心配そうにハクランを覗き込む。
「大丈夫?」
「先に戻っててもいいぞ」
「ううん、戻っても面白くないから……もうちょっとここにいるよ」
リキの耳に宴席の賑わいが微かに響いた。
柔かな月明かりが描き出す木立の影が、ゆっくりと足元に伸びながら夜は更けていった。