第十二章 代償 (12)
着替えを終えたリョショウがゆっくりと席に着く。どっと疲れたように背もたれに体を預けたリョショウは、ちらりとリキへと目を向けた。
何事もなかったかのように思える安らかな寝顔。彼女が目覚めたとき、今夜の出来事をすべて忘れていればいいと願わずにはいられない。
「お茶をどうぞ、落ち着きますよ」
ぼんやりするリョショウの前に置かれたコップからは、湯気と共に優しい香りが立っている。
「ありがとうございます、いつから見ておられたのですか」
リョショウはシュセイを引き留めた。
「お気付きでしたか、申し訳ない。余計な手出しをしてはいけないと思っていたのですが」
シュセイは言葉を濁すように笑う。いつとは明言しないが、おそらくモウギとのやり取りをずいぶん前から見ていたと思われる。
「いいえ、私も全く気付きませんでしたから」
リョショウも微笑んで返した。
シュセイに差し出された茶を口に含むと、香りを裏切らない柔かな味が満ちていく。ぐっと一気に飲み干して、大きく息を吐いた。
正直なところ、シュセイの手際の良さには驚かされた。
しかし助けを求めに来た侍女と家族の身の安全を確保してから、自分の元に駆けつける時間が素早過ぎる気もする。
驚きというよりも不信感に近い感覚は、警戒心に変わり始めている。本当にシュセイを信じて西都へ行ってしまってもいいのだろうかと。
「シュセイ殿、陛下に会えぬまま西都へ行くことが本当に正しいのでしょうか。北都殿らを早く助けねばならないのに、これでいいのでしょうか」
リョショウはテーブルに肘を付き、目の前に座るシュセイに問い掛けた。
「お気持ちは分かりますが、今は時を待ちましょう。北都殿のことは心配いりません」
シュセイの落ち着いた声が遠ざかっていくように聴こえて、リョショウは軽く頭を振った。
「心配ないと言える根拠はあるのですか」
語気を強めたが、シュセイは返答することなく穏やかな笑顔でリョショウを見つめている。
苛立ちを感じて立ち上がろうとして、リョショウはずるりと椅子に崩れ落ちた。再び体を起こそうとするが、力が入らない。
声を発することも出来ず、目に映るシュセイの姿が霞んでいく。
やがてリョショウの視界は、闇に閉ざされていった。