第十二章 代償 (9)
「触るなと言っただろ!」
リョショウは剣を振り上げた。
ゆらりと身を交わしたモウギが、流れるような動きでリョショウの背後に回り込む。すぐさま振り返るリョショウに、モウギが体当たりをくわせた。
手から剣が弾き飛ばされ、床を滑る。リョショウは歯を食いしばり、ぐらつく体をぐっと足で支えた。
「都督の息子だと? 実力もないくせに偉そうな態度のお前が、俺は許せないんだよ!」
モウギは表情を豹変させて怒鳴りつけ、リョショウに斬りかかる。辛うじて交わすが、床に転がった剣には手が届かない。右肩が脈打ち、息が上がる。固く握り締めた左手がじんと熱を持ってくる。
ふと目を向けると、握った手の端から僅かに細い物が覗いている。
「見てみろ、それのおかげでお前を仕留めることが出来るんだ、この女には感謝せねばな」
リョショウの開いた手のひらには髪飾り。それはいつもリキの髪に飾られていたものだと、リョショウには一目で分かった。
北都で匿われた部屋で、東都へ向かう道中で、東都の街を見つめるリキの笑顔が思い出される。彼女の結い上げられた髪には、いつもこの髪飾りが挿してあった。
「お前……なぜこんなことを……」
怒りに声を震わせるリョショウを一瞥して、モウギは鼻で笑う。床に散らばった髪を拾い上げて掲げると、リョショウの前へと撒いてみせる。ひらひらと宙を舞う髪の向こうで、モウギの握った剣の刃先が部屋の灯りを受けて揺らめいている。
「俺に逆らった罰だ、しかし思ったよりいい声で泣いてくれたよ……もう二度と俺に逆らおうなど思うまい、髪が伸びたら俺がもっと高価なものを贈ってやろう、但し、お前は許さない」
「俺もお前を許さない」
リョショウは唇を噛み、髪飾りを懐に入れた。
部屋を過る静かな風に乗り、扉が軋む微かな音が通り過ぎていく。ふと耳を傾けて意識を逸らしたリョショウに、モウギが剣を振り上げた。
「今度こそ、お前は死ね!」
覆い被さるように突進してくるモウギの目は、確実にリョショウを捉えている。
リョショウは転がるように剣を拾い上げた。体勢を落としたまま圧し掛かるモウギの剣を避け、滑り込みながら足を狙う。倒れ込むモウギの下から、一気に突き上げた。
「お前だけは許さないっ!」
すべての怒りを剣に込め、声を張り上げながら。