第十二章 代償 (6)
北都の宿舎に着いたリョショウは侍女に玄関で待つように告げて、一人で都督の部屋へと向かった。
部屋の扉の隙間から白い煙が漏れ、燻った臭いが鼻をつく。催眠薬の香によるものだと気づいたリョショウは胸騒ぎを覚えつつ、勢いよく扉を開いた。
部屋の中に立ち込めていた白い煙が、一気に外へと流れ出る。視界が晴れてきたのを見計らい、リョショウは部屋の中へと足を踏み入れた。
「モウギ!どこだ!」
叫んだが、しんと静まった部屋に人の気配は感じられない。リョショウは固く剣を握り締め、部屋の奥へと進む。
寝室の扉を開くと、充満していた真っ白な濃い煙がリョショウを襲った。咄嗟に息を止めて目を閉じたが、僅かに吸い込んだだけでむせ返る。
扉から煙が流れ出て、灯りが薄っすらと部屋の中を照らし出す。
露わになった光景に、リョショウは思わず息を呑んだ。部屋の真ん中にあるテーブルの上に並んだ三基の香炉。そこからは大量の白い煙が立ち上り、未だに部屋を覆い尽くそうとしている。
さらに部屋の奥へと目を向けると、テーブルの向こうのベッドの上には縄に縛られた足首、床には黒い物が散らばっている。
リョショウは迷わず部屋の中へ飛び込んだ。
息を止めて部屋の奥の窓を開け、テーブルの上に置かれた香炉を次々と庭へと投げ捨てる。後を追うように、部屋に充満していた煙が外へと流れ出していく。
ベッドに駆け寄ったリョショウは、愕然とした。床に散らばる黒い物は、髪の毛だったのだ。うつ伏せになったリキを抱き起こし、無惨に切られた髪を撫でつける。込み上げる悔しさが、行き場を無くして胸の中で暴れ出す。
「リキ!リキ!」
何度も呼び掛けるが、大量に煙を吸い込んだリキはぐったりとしたまま動かない。小さく開いた口から弱々しく息が漏れ出ているのを確認して、リョショウは少し安心した表情を見せた。
手足に固く食い込んだ縄を解くと、血が滲んで真っ赤に爛れた皮膚が痛々しい。着衣の乱れを直して、目元に浮かんだ涙を拭いながら頬に触れた。
胸に渦巻く悔しさが怒りへと変わっていく。リョショウは固く歯を食いしばり、立ち上がった。
「モウギ!出てこい!俺はここにいる!」
声を張り上げると、窓の外から笑い声が聴こえてきた。