第十二章 代償 (4)
部屋を見回したモウギは顔を怒らせた。その顔を見た侍女は顔色を変えて、慌てて跪く。
「何をしている!」
モウギは怒鳴りつけて、頭を下げる侍女の髪をぐいと掴み上げた。
「どういうことだ! なぜ香を消した?! その女に触れていいと誰が言った?!」
「申し訳、ありません、お許しください」
狂気に満ちたモウギの顔に、リキは恐怖を覚えた。先ほどの屈辱を思い出し、今にも体が震え出しそうになる。
しかしリョショウと侍女を助けなければならない。たとえ僅かな可能性でも。
リキは力を振り絞って体を起こし、ベッドから足を降ろした。縛られた足元をふらつかせながら、部屋の真ん中のテーブルへと目を向ける。そこに自分の短剣を見つけたリキは、大きく息を吸い込んだ。
「彼女を放しなさい!」
「何? 元気じゃないか?」
一瞬驚いた表情を見せたモウギはにやりと笑い、侍女から手を放した。リキへと向き直るモウギを引き留めようと、侍女が腕に縋りつく。
「モウギ様、おやめください! リキ様の命は助けると仰っていたではありませんか、どうぞお止めください」
「ああ、命は助けてやる! だが、俺への服従が条件だ!」
侍女を容易く振り解き、モウギはリキを見据えた。こんな男には絶対に負けれらないと、リキは自分を奮い立たせた。
「私はあなたなんかに服従しない、命なんて惜しくないわ」
力強い口調でリキが言い放つと、モウギはみるみる顔を引きつらせた。
「面白い女だ、二度と逆らえないようにきっちり教え込んでやろう」
モウギは怒りに満ちた顔に笑みを浮かべて、腕を大きく振り上げる。辛うじて交わしたリキは、侍女に向かって叫んだ。
「お願い! その短剣を持って、西都の宿舎へ!」
しかし侍女は、おろおろしたまま動くことが出来ない。再び拳を振り上げるモウギを交わそうとして、リキは縛られた足元をふらつかせて態勢を崩した。
「お願い! 早く行って!」
「行くがいい! この女には俺に逆らった罰を与えねばな!」
声を荒げたモウギの手が、倒れそうになるリキの首を掴み上げた。苦しげに呻き声を上げるリキから目を逸らした侍女は、短剣を手に取って部屋を飛び出した。
部屋から漏れるモウギの笑い声とリキの悲鳴が、廊下を駆ける侍女を追いかけていた。