第十二章 代償 (3)
温かな感触が頬を滑っていく。冷えきっていた体の芯を温め直してくれるような優しい感覚。
薄らと目を開けると、白い煙はすっかり消えて部屋の灯りが眩しい。ベッドの脇の小さな机の上に置かれた香炉が無くなっている。その代わりに置かれた桶から、湯気が立っているのが見える。
「気がつかれましたか、大丈夫ですか?」
声の方へと目を向けると、ベッドの脇にあの侍女が跪いてリキを見つめていた。
侍女は桶の中で絞った手拭いを、そっとリキの頬に当てた。じんわりとした温かさに涙が零れそうになる。
同時に思い出されたのは、襲い掛かるモウギの姿。
慌てて体を起そうとしたが、両手足は縛られたままで体はまだ思うように動かせない。胸元を見ると、衣服はきちんと直してある。
「あなたが……直してくれたの?」
リキが問うと、侍女は申し訳なさそうな顔をして頷いた。
「彼に、命じられて……私を?」
訊ねたいことは次々と浮かんでくるが思うように声を出せない。
すると侍女は懐から髪飾りを取り出して、リキに見せると静かに口を開いた。
「申し訳ありません、これはお返しします。でもモウギ様には逆らえません。逆らえば私の家族が……モウギ様はあなたの命は助けると仰っていました。だから、どうぞお許しください」
涙声で頭を下げる侍女の姿に、リキは胸が痛んだ。元はと言えば自分が西都の宿舎を覗きに行きたいがために、彼女を拘束して衣装を奪ったのが悪いのだ。それが彼女の家族までも危険に晒すことになってしまったのだから。
「私こそ、ごめんなさい。彼は、どこへ?」
「あ、はい、リョショウ様をここに連れて来ると……」
「え? ここに?」
リキは目を見開いた。
リョショウも西都の宿舎に潜んでいると、モウギにばれたのだと察した。自分が侍女に誘き出されたように、リョショウも何らかの方法でここに誘い込まれるのではないか。しかも彼はまだ傷が癒えていない。
「お願い、縄を解いて」
切迫した顔でリキが訴える。
しかし侍女は泣きそうな表情で、首を横に振って謝るばかりだ。
「申し訳ありません、どうか、お許しください」
「お願い、彼を、助けたいの」
リキが懸命に体を捩らせて起き上ろうとする中、勢いよく扉が開いた。