第十二章 代償 (2)
北都の宿舎の都督の部屋、前日まで宿泊していた部屋。リキは両手足を縛られ、口には轡を噛まされた状態でベッドに横たえられている。ベッドの脇の小さな机の上には香炉が置かれ、白い煙が部屋の灯りを掻き消さんとばかりに濛々と立ち込めている。
全身から力が抜け落ち、少しでも気を抜けば深い眠りに落ちてしまいそうになる。眠らないようにと懸命に体を動かそうとすると、後ろ手に固く縛った縄が食い込んで激痛を伴う。
やがて扉の開く音がしたかと思うと、いつの間にかモウギがベッドに腰を降ろしてリキを見つめていた。顔半分を布で覆い、露わになった目元が不気味に笑っている。その姿を見たリキは、この煙が体の自由を奪っているのだと知った。
そして僅かな時間だったが、意識を失っていたことに恐怖した。
「リキ殿、御加減はいかがかな?」
モウギは香炉に灰を加え、リキの轡を無造作に外した。息苦しさから解放されて大きく息を吐いたリキは、勢いを増す煙を大量に吸い込んでむせ返る。
「無理しなくてもいい、眠ってしまってもいいのですよ? その方が楽かもしれないのに」
朦朧とするリキの耳元で、モウギは低い声で囁いた。鼻と口を覆った布越しにモウギの荒い息遣いが触れた瞬間、耳たぶに強い痛みが襲う。唇を噛んで体を反したリキの胸元に、モウギの手が素早く滑り込んだ。
「いやああっ……」
弱々しい悲鳴が部屋に響いた。強烈な痛みに体を震わせるが、リキは決して声を上げまいとして歯を食いしばる。
「我慢しなくても、泣きたければ泣けばいい、思いきり声を上げても構わないのですよ?」
モウギは胸元に手を差し入れたまま、リキの体を引き起こした。苦痛に歪むリキの横顔を肩越しに眺めながら、モウギはさらに片手で灰を掴んで香炉に加える。
立ち上る煙の中で震えていたリキは気を失い、ぐったりとモウギにもたれ掛かった。その目元に滲む涙を指で拭い、モウギは満足げな笑みを浮かべる。
「次はリョショウだ」
ベッドにリキを放り出して、モウギは部屋を出た。
「ちゃんと見張っておけ」
扉の向こうで待っていた侍女に強く言い、モウギは宿舎を出て行く。彼に向かって一礼した侍女は溜め息を吐き、部屋の扉を悲しげに見つめた。