第十二章 代償 (1)
西都の宿舎を出ていく一人の侍女がいた。彼女はまっすぐに北都の宿舎へと向かっている。
不思議なことは深夜にも関わらず、西都の宿舎の衛兵の姿は無い。誰も宿泊者がいない時でさえ最低二人の衛兵が見守っており、今は都督が宿泊しているのだから衛兵が居ないなずはない。通りの衛兵の数も心なしか減ったような気もする。
そう感じつつリキは、西都の宿舎を出た侍女の後を追った。もちろん侍女の格好をしているから何ら不自然さもない。西都の宿舎での役目を終えた侍女だと誰もが思うだろう。二人が北都の宿舎へ入ることさえ見なければ。
北都の宿舎へ入った侍女は、まっすぐ裏口へと向かう。彼女に覚られぬよう、足音を立てないように細心の注意を払いながら続いた。
彼女が足を止め、裏口の扉に手を掛ける。
「待って」
扉が開くより早く、リキは彼女を呼び止めた。
振り返った侍女は、頭巾を取ったリキの姿を見ても驚く様子もない。ただ、怯えたように潤んだ目が揺れている。さっきまで西都の宿舎で侍女に話していた強い口調とは、印象が違うように感じた。
「さっきは手荒なことをしてごめんなさい。あの、私の髪飾りを持っているのでしょう? 返してもらえないかしら、大切なものなの」
リキがぺこりと頭を下げると、侍女は黙ったまま懐から髪飾りを出して見せた。自分の髪飾りを確認して明るい表情を取り戻したリキが、
「ありがとう」
と言って差し伸べた手を、侍女は交わした。訳が分からず顔を上げると、裏口の扉がゆっくりと開いて大柄の男性が現れる。その姿を見たリキは、思わず息を呑んだ。
「リキ殿、よくぞ戻られた」
東都の都督府で会った時と同じように、顔をにやつかせたモウギが見下ろしている。背筋が凍りつくような感覚に、リキは動くことさえ出来ない。
「急に姿が見えなくなったので心配していたのですよ」
目の前に迫るモウギに圧されるように、じりじりと後退るリキの背を侍女が遮った。懐に忍ばせた短剣に伸ばした手を、モウギが素早く掴み上げる。リキはもう片方で拳を握り締めて彼の腹を狙ったが、敢え無く交わされて背中を壁に激しく叩きつけられた。
「リキ殿、私に手荒なことをさせないでくださいよ」
息苦しさによろめくリキを抱えて、モウギは耳元で囁いた。